帰ってきたウルトラ38番目の弟

ウルトラシリーズについて色々と書いていくブログです。

「ひとりの楽園」

「ひとりの楽園 ー宇宙植物怪獣ソリチュラ 宇宙植物怪人ソリチュラン登場ー
ウルトラマンメビウス』第40話
2007年1月20日放送(第40話)
脚本 朱川湊人
監督・特技監督 小中和哉

 

宇宙植物怪獣ソリチュラ
身長 50m
体重 2万t
光球の状態で地球に落下し、触手を伸ばして周囲の木々と同化して植物怪獣となった。無数の花を咲かして落とし白いフードの男(ソリチュラン)を生み出す。
ソリチュランを介して寂しい想いをしている人間を取り込んでいき、最終的には地球上全ての生物と同化して地球そのものになろうとする。
花粉と蔦と地下茎を使って戦うが、メビュームブレードで真っ二つに斬られた後、メビュームシュートで焼き尽くされた。
花粉にはソリチュラ化合銀と呼ばれる物質が含まれていて、『80』の「怪獣の種飛んだ」に登場した植物もどき怪獣ゾラにも同じ物質が含まれていたらしい。
名前の由来は「孤独」と言う意味の「solitude」から。

 

宇宙植物怪人ソリチュラン
身長 175cm
体重 75kg
ソリチュラの咲かした白い花から生まれた。
頭の花弁から神経を麻痺させる花粉を飛ばし、蔦で相手を捕らえる。
白いフードの男として街を徘徊し「植物怪人」と言う都市伝説を作っていた。

 

物語
休みの日に外に出たミライはナオコと言う寂しい想いを抱えている女の子と知り合う。
そのナオコの前に傷付いた白いフードの男が現れ、傷の手当てをしたナオコに向かって「寂しいのか?」と問いかけてきた。

 

感想
休みの日に何をして良いのか分からないミライ。地球で暮らすようになってもう9ヶ月近くになると言うのに……。
メビウス』はミライとCREW GUYSの関係に力を入れたのだが、その結果、ミライとゲストが絡む話が少なくなり、ミライの世間知らずが解消されないまま物語が進んでしまった。

 

友達にたかっている女子高生を見付けたミライは注意するが逆に「気持ち悪い」と罵られてしまう。このようにミライが人間の負の部分を見て苦悩する展開はこの後も何度か訪れる事になる。
メビウス』では今回の女子高生やヒルカワのような負の部分を見せた人間達は改心しないままだが、その一方で正の部分を見せる人間達も多くいて、ミライは彼らの存在があるから人間を見捨てる事はしなかった。このように「人間は皆素晴らしい」と言うのではなく「駄目な人間もいる」と割り切っているのは『T』の「白い兎は悪い奴!」を思わせる。

 

街中でのソリチュランとの戦いでミライはメビウスブレスを使ってメビュームスラッシュを発射。前にも書いたが、ウルトラシリーズで人間の姿で特殊能力を使って戦うのは珍しい。(テレパシーとか透視能力は他の作品でもあった)
ウルトラシリーズに限らず仮面ライダースーパー戦隊でも主人公が人間の姿で特殊能力を使う事はあまり無い。特に近年の仮面ライダースーパー戦隊は普通の人間が特殊なスーツを纏って戦っているので、変身前の状態で特殊能力を使える設定にはなっていない事が多い。その点、宇宙人と同化、又は宇宙人の変身であるウルトラシリーズの主人公は変身前の状態でも特殊能力を使える事が多いので、仮面ライダースーパー戦隊との差別化としてもっと生かしても良いと思う。

 

今回のテーマは「人間は一人では生きていけない。皆と一緒にいても心が繋がっていなければ一人だ」と言う事。
母子家庭で医者の母親は忙しくて家にあまりいない。いつも一緒にいる友達は自分のお金が目当て。寂しさに包まれたナオコの前に白いフードの男(ソリチュラン)が現れて手招きする。「絶対に寂しくならない場所に連れて行ってあげる」「そこには家族のような友達がたくさんいる」「そこは楽園である」。

 

「一人一人がバラバラの心を持っているから寂しい想いをする。だから、皆で一つの心を使えば良い」と語るソリチュラン。しかし、ソリチュラの植物に取り込まれた人々の虚ろな顔ははっきり言って異様で怖かった。『メビウス』でここまでのホラー描写が行われるのは珍しい。
皆の心を一つにまとめようとするのは『G』のゴーデスから始まる平成ウルトラシリーズの定番ネタ。

 

ソリチュランに導かれたナオコはソリチュラに同化された人々の虚ろな顔を見て恐怖し、ミライの「寂しいと感じる心さえ無くなってしまう」と言う説得を聞いてその場から逃げ出す。
ソリチュラはメビウスとGUYSによって倒されるが、同化していた人々は「あのままの方が幸せだった」「また苦しむ事になる」「余計な事しやがって」「もう独りぼっちは嫌だ」と不満を訴える。
それに対してナオコは「人間は誰でも寂しい」「寂しい事も悲しい事も皆大切」と語り、「私、もっと色んな人と話したい。色んな人と知り合いたい。色んな人の事を分かってあげたい。だから、もう泣かないんだ」と決意を述べ、同化していた女の子を助ける。
それを見たミライは「寂しさを知っている人は別の誰かの寂しさに気付いてあげられるんだ。君は、きっと強くなれるよ」と心の中で語りかけるのであった。

 

今回は『メビウス』の中でも特に戦闘シーンが短い事で有名で、見ていて「え? これで終わり?」と言う感じになる。
ソリチュラの足元に人々が捕らわれていると言うのも意外と戦いに絡んでおらず、シーンが大幅にカットされたような印象を受ける。

 

ここ最近のメビウスはメビュームブレードを使用する事が多い。
光の剣を使った戦いは自分好みではあるのだが、結果、メビウスブレイブの影がさらに薄くなってしまったのは否めない。
初期状態ではメビウスは光の剣を使用せず、メビウスブレイブ状態でのみ光の剣が使えるとしたらメビウスブレイブにも存在価値が出るのだが、実際はヒカリにナイトブレスを返してメビウスブレイブに変身できなくなってもメビュームブレードで敵を倒せてしまうので、メビュームナイトブレードが使えなくてもメビュームブレードがあれば事が足りるとなってしまっている。おそらくメビュームナイトブレードの方がメビュームブレードより威力があるのだろうが本編でそれが見せられていたとは残念ながら思えない。

 

今回は戦闘シーンも駆け足だったがドラマもかなりの駆け足で、大事な部分であるはずのナオコの心境の変化が十分に描けていなかった。ソリチュラとの同化を拒むのまでは分かるが、そこからラストの決意に至るまでがやや唐突であった。
振り返って見れば、ナオコはミライとソリチュランの両方と絡んでいるが、そのどちらとの関係も中途半端に終わってしまっている。もう少しドラマに充てられる時間があればと思う。

 

今回の話は朱川さんのウルトラシリーズ脚本最終作となっている。
朱川さんの本職は小説家で、この後に『ウルトラマンメビウス アンデレスホリゾント』と言う『メビウス』の小説を2007年3月から2009年7月にかけて連載し2009年12月に単行本化している。朱川さんが脚本を務めたTV作品が取り上げられている他、『アーマードダークネス』に登場するハルザキ・カナタが中心人物となっているが、「アンデレスホリゾント(異なる地平線)」と言うタイトルの通り、映像作品とはパラレルワールドとなっている。