帰ってきたウルトラ38番目の弟

ウルトラシリーズについて色々と書いていくブログです。

「言葉のない街」

「言葉のない街」
ネオ・ウルトラQ』第5話
2013年2月9日放送(第5話)
脚本 いながききよたか
監督 中井庸友

 

人造人間エピゴノイド
身長 メリ・170cm ハシオ・180cm
体重 メリ・45kg ハシオ・65kg
50年前に田所博士が「愛」を研究する為に開発した。首筋に特殊なマーキングが施されている。相手の心の底まで察する事が出来たら真の愛が生まれるのではないかと言う田所博士の考えから相手の気持ちを完全に察する事が出来る能力を与えられた。
オリジナルナンバーであるメリとハシオを素体に多くのエピゴノイドが作られて市場に出回ったが、やがて人間の悪意を読み取る事に耐えられなくなり、メリとハシオが買い取った田所博士の屋敷周辺に集まって集団生活を送るようになった。
メリとハシオは相手が分からないと言う能力を与えてほしいと南風原達に願うが、ヒッグス粒子電池の寿命が尽きた事で全てのエピゴノイドが機能を停止させた。
「エピゴノイド」と言う名前はギリシア語で「後に生まれたもの」と言う意味の「エピゴノイ」と「アンドロイド」を合わせたもの。

 

物語
南風原の所にやって来た男は自分を田所博士の息子だと名乗る。
50年前に田所博士が開発した人造人間エピゴノイドは富裕層を中心に購入されたが市場に出回ってから5年後に突如として姿を消していた。
エピゴノイドは今どこに……?

 

感想
コミュニケーションにおける言語の割合は7%で口調は38%で身振り手振りは55%となるらしい。意外と人間は言語に依らないコミュニケーションを行っているとして言語を介さずとも相手の気持ちを察する事が出来るエピゴノイドが登場する話。
ただし、これらの設定やドラマを劇中では言語で説明している。
メリとハシオは終盤になって自ら言葉を発して説明しているが、それは結局のところ、はっきりと言葉にして伝えないと人間はちゃんと理解する事が出来ないと言う事である。
まぁ、絵美子はメリとハシオの言葉を疑っていたので、はっきりと言葉にしても相手に伝わらなかったりするのだが……。

 

人造人間エピゴノイドは今から50年前に市場に出回り、高価であったが富裕層を中心に買われていったらしい。
人間の売買は禁じられているのに人造人間の売買は認められていた。「宇宙から来たビジネスマン」のヴァルカヌス星人が聞いたら地球人の矛盾を追及してきそうな話だ。

 

田所博士は相手の心の底まで察する事が出来たら真の愛が生まれると考えてエピゴノイドに相手の気持ちを察する能力を与えるが、南風原は「男女の愛は分からない事を前提にしていて、分からないからこそ愛し合う事が出来る」と語る。
相手を思いやる事は出来ても愛する事は出来なかったメリとハシオ。相手の事が分からないから分かろうと努力する事を「愛」と言うなら最初から相手の気持ちを完全に察する事が出来るメリとハシオには永遠にそれが出来ない。
「分かり合える」と言うゴールを目指して進んで行くのが人間だとしたらメリとハシオは最初からゴールにいるようなもの。ゴールを目指す過程のあれやこれやが愛を始めとする「人生」だと言うのならメリとハシオは人生を歩む事が出来ない存在と言える。

 

どんな人間にも悪意はある。その悪意を隠す事で、他人の悪意が見えない事で、人間は生きていく事が出来る。人々の悪意が剥き出しにされた世界では人間の心は耐えられない。
それはエピゴノイドも同じだったようで、わずか5年で全てのエピゴノイドが人間の前から姿を消してしまった。

 

田所博士の息子によるとエピゴノイドはヒッグス粒子電池を交換すればそこから50年間は生き続けられるらしい。それはある意味で半永久的な命を手に入れられる事でもある。
他人の気持ちを知って傷付いていく中で半永久的な命を手に入れられても、それは半永久的に傷付いていく事を意味している。
心を読む能力と不死の能力。人間が欲するものを与えられたエピゴノイドの存在はただただ哀しかった。

 

田所博士の息子がエピゴノイドへの復讐を考えていたのかどうかは劇中の描写だけでは分からない。何故なら視聴者はエピゴノイドじゃなくて人間だからだ。

 

今回の話は田所博士を神としてエピゴノイドを人間として解釈する事も出来る。
隔絶された場所で生きるメリとハシオはエデンの園のイヴとアダムとも言える。
だが、人間が罪を負って楽園から追放されたのに対しエピゴノイドは罪を背負わず自ら楽園を作ると正反対の道を歩んでいる。

 

見ていて気になったのだが、どうして南風原達は正平に事情を知らせずにエピゴノイドの街に連れて行ったのだろうか? 事情を隠してまで正平を連れて行く理由が思い付かない。
製作者の都合としては質問役がいた方が話が作り易いのは分かるのだが、ドラマなのだから劇中でもちゃんとした理由付けをしてほしかった。

 

今回の話は中井庸友さんのウルトラシリーズ監督デビュー作となっている。