「走れ、ユウマ!」
『ウルトラマンアーク』第25話
2025年1月18日放送(第25話)
脚本 継田淳
監督 辻本貴則
夢幻獣ギルバグ
身長 44m
体重 3万9千t
夢の世界でユウマに両親の幻を見せてアークとの繋がりを断とうとした。
夢の世界を自在に操る事が出来てアークを追いつめるが、現実世界でSKIPにオニキシウム粒子をギルバクリスタルに撃ち込まれて能力を解除されると、最後は現実世界で防衛隊の、夢の世界でミラクルアークキューブを生み出したアークの反撃を受けて倒された。
暗黒宇宙卿ゼ・ズー
身長 不明
体重 不明
スイードの背後に姿を現す事があったが本人は地球にやって来る事は最後まで無かった。
暗黒宇宙戦士スイード(星人態)
身長 60m
体重 2万9千t
スイード自らがゼ・ズー ゲートとなった姿。
圧倒的な力でアークを追いつめるが、アークによって胸のゼ・ズー ゲートにモノホーンを打ち込まれてしまうと最後はアークファイナライズ・オーバーロード・センセーションを頭部に受けて倒された。
物語
スイードはギルバグの能力を使って死んだユウマの両親を出現させる。
一方、現実世界ではSKIPがアークの救出作戦を進めていた。
そして最後にユウマが出した答えとは……。
感想
ヒーロー作品の最終回でありながらユウマの夢の場面から始まると言う衝撃の展開。
スイードがギルバグを使って作り出したユウマの「幸福な生活」は生活感が全く無い不自然で不気味なものであった。スイードはこんな低レベルな「幸福な生活」でユウマを説得できると思っていたのかとツッコみたくなる。
スイードの星がどのような文化・文明を持っているのか分からないが、おそらく地球のような朝食風景は無かったのだろう。それでもスイードにとって最後の手段に近かったのだから、もう少し頑張ってユウマを騙してよ!と言いたくなってしまう。
この場面は「スイードの想像力が足りなかったので低レベルな家族の風景が出来上がってしまった」と見る事が出来るが、よく考えたら、スイードが地球人の朝食の風景をちゃんと観察して調べていれば、もっとレベルの高い風景を作り出せたはずなので、正確にはこの場面は「スイードの想像力が足りなかった」ではなく「スイードは地球についての観察や調べが足りていなかった」となる。
小説、漫画、アニメ、ゲーム、ドラマとこの世の中には様々な物語とその物語の舞台となる世界がある。これら物語や世界はクリエイター達の想像力によって作り出されたものなのだが、色々なものを観察して調べていなかった人の作品は今回のスイードが作り出した世界のようにどこか不自然で薄っぺらいものになっている事が多い。そう考えると「想像」とは「色々なものを観察して調べる事で作り出せるもの」と言う事が出来る。
思えば『アーク』は「想像力」が一つの鍵になっているが「無から有を生み出す」と言う展開は意外と少なくて、アークトリッキーテクニックはユウマが怪獣の習性や現場の状況をよく観察して調べた事でアイデアが生まれているし、クロコ星人やギヴァスの時もユウマは彼らの言動や雰囲気をよく観察した事で真意に辿り着いている。つまり、「想像力」にとって必要なのは色々なものを見て触れると言う「観察」や「調べ」であった事が分かる。
そう考えるとゼ・ズーが地球に直接やって来なかったのも合点がいくところがある。出来ればゼ・ズー本人も地球に来てユウマ達と対峙してほしかったが、ゼ・ズーは地球に来て観察して調べる事をしないと言う結果的に想像力が乏しくなった人物であったのだ。
今回のスイードのユウマへの精神攻撃は「ユウマがギルバグが作った夢を選択してシュウさんやSKIPやおばあちゃん達を捨てる選択をするとは思えない」「そもそも地球が滅んだら地球で夢を見ているユウマも死んでしまうのではないか?」となっていて、どう考えてもユウマがスイードの提案を受け入れるとは思えない状況になっている。
それでもスイードがこの作戦を実行して成功すると思った理由だが、「ユウマはもう頑張って生きるのに疲れてしまった」とスイードが考えていて「幸せな夢を見たまま死んでしまった方が楽だ」とユウマに告げていると考えると納得できる。
ユウマのK-DAY以降の16年間を「親を見捨てて自分だけ生き残ってしまった罪悪感から自己虐待と自己否定を続けてきて最終的に自殺行為に至ろうとしている」と解釈するならスイードは「だったらユウマに安らかな死を与えてやろう」と言っているのだ。
安楽死に近いかもしれないが、あえてウルトラシリーズでたとえを出すなら『Qdf』の「送り火」が近いかな。スイードは『Qdf』の「送り火」でヒタキがマザーランドを見せて人々を安らかに旅立たせたように両親との生活を見せてユウマを安らかに旅立たせようとしたのかもしれない。
スイードが作り出したユウマの父親はあからさまにおかしい言動は少ないのに凄まじい違和感があって見ていると心が非常にざわついた。
今回の萩原聖人さんは悍ましさを感じる偽のユウマの父親の一方で、まさにウルトラマンと言える誠実さを感じるアークの声も担当していて、さすがの演技力を感じさせてくれた。
ユウマの父親とアークの声が同じだった理由は劇中では明かされていないが、今回の話を見たらそこは「設定」ではなく「テーマ」で考えるものなのかなと思う。
父親とアークの声が同じで、今回の話では途中までユウマが「さよなら、アーク」と言うかどうかと言う展開になっていたが、最終的にユウマは父親と母親に「さよなら」をする事になる。
「両親を置いてユウマが走り出す」と言う展開自体は16年前のモノゲロス案件の時と同じだが、今回は「皆を守る為にユウマは走る」となっている。
「まったく……。お前達、下等生物が羨ましい。その単純さ故、時に想像力が現実を形作ってしまう。我々は知性が邪魔をしてその飛躍が出来ない。その力があれば夢によって銀河の破滅を防げたかもしれないが……」。
実際、スイードが使役していたギルバグの夢の世界の能力でアークは不可能になっていたユウマとの対話を果たし、ミラクルアークキューブを生み出し、最終的には崩壊した星元市の復元までしているので、スイード達に想像の力があったらスイード達の銀河は救われた可能性は高い。
スイードの本当の意味での最後の手段は自らがゼ・ズー ゲートになる事であった。
それならばルティオンやユウマは放っておいて星元市以外の場所でスイードがゼ・ズー ゲートになればゼ・ズーの計画は成功したのではないかと思われるが、さすがのゼ・ズーも腹心であるスイードが命を落とす作戦は最後の最後まで使わないつもりであったのだろう。
ゼ・ズーやスイードは怪獣を送り込んだり汚染物質を流し込んだりしてルティオンを苦しめてはいるが、命を奪いたいのならもっと他に確実な方法があったはずなので、彼らは地球は滅んでも構わないが一応は同じ銀河の人間であるルティオンやスイードの命はなるべく失われないようにしようと考えていた可能性がある。
そう考えるとスイードが聞く耳を持たなかったとは言え、同じ銀河の人間であるスイードを倒す事に意外と迷いが無かったルティオンの方がゼ・ズー達から見たら薄情な人物なのかもしれない。
変身したスイードの姿がウルトラマンのダークバージョンではなくアークとモノゲロス達を合わせたような「ウルトラマンっぽさも感じるがウルトラマンとは全く違う姿」だったのが良かった。
「闇ウルトラマン」も増えてきたので、今度はウルトラマンとは違うタイプの宿敵キャラが増えてほしいなと思う。
『アーク』は「想像力」が一つの鍵になっている作品で、最初に作品の情報を知った時は「現実離れした突飛な展開や映像がたくさん出てくるのかな」と思ったのだが、実際は「様々な情報を収集して解決方法を考え出す」と言う地に足が付いた現実的な展開が多かった。
それだけに最後の地球一周のアークファイナライズ・オーバーロード・センセーションはぶっ飛んでいてインパクトがあった。ぶっちゃけると自分が最初に『アーク』と言う作品に抱いたイメージはこういうぶっ飛んだ戦いが毎回起こるものであった。
ニュージェネレーションシリーズは全2クールと話数が少ない事もあって多くの話がメインストーリーに関わる構成になっているが、『アーク』は始まりを描いた第3話、スイードが登場してルティオンの銀河の話が明らかになる第14話と第15話、そして決着編である最終三部作の三つがメインストーリーで他の話は作品のテーマやキャラクターの掘り下げに当たるサブストーリーとなっている。作りとしてはスフィアの話と他の話を分けた『ダイナ』やカオスヘッダーの話と他の話を分けた『コスモス』に近い。
自分は『ダイナ』辺りからウルトラシリーズを本格的に見始めているのでメインの話と他の話がきっちり分けられている『アーク』の作りは見やすかったが、スイードのキャラクターがかなり面白くて、「我々にも想像の力があれば……」と言う発言からもう少し出番があったら倒される以外の未来が生まれた可能性もあったように思えるので、他のニュージェネレーションシリーズのようにスイードがレギュラーで登場するパターンも見てみたかったところはある。
戦いを終えたユウマがアークの銀河に旅立つのは『帰マン』の「ウルトラ5つの誓い」のオマージュにも思えるが、「「想像力」にとって必要なのは色々なものを見て触れると言う「観察」や「調べ」である」と考えると「ユウマがアークの銀河を救う為に実際にアークの銀河に行く」と言う結論は当然だったのかもしれない。そしてこのユウマの決断は最後まで地球にやって来る事が無かったゼ・ズーとの対比にもなっている。
ユウマがアークの銀河に旅立つ事をSKIPメンバーは最初は戸惑って反対もした。
まぁ、日本の他の分所に移動するならともかく地球を離れて別の銀河に行くとなったらすぐに納得して受け入れるのは難しいであろう。
ユウマ本人はそれをすぐに決断できたのはブレーザー編で別の次元に行った経験があるからかもしれない。
アークは前回の「舞い降りる夢幻」ではユウマを止めるSKIPに対して背中を見せて俯きながらユウマをさらうように変身していたが今回はユウマと一緒にSKIPの皆も包み込みながら変身してSKIPをちゃんと見て頷いてから旅立っている。
『アーク』は「石堂さん、マジ、ヒロインw」と言われる事があって自分もそれは感じるが、基本的にウルトラシリーズを始めとする日本のヒーロー作品は事件や戦いがメインになっているので、一緒に事件や戦いに立ち向かう人が主人公にとって特別な人になりやすい作りになっていると思う。(そう考えると事件や戦いとは別に日常を用意しようとした第2期ウルトラシリーズは意外と異色な作りだったのかもしれない。『帰マン』辺りは今作ったらアキちゃんより岸田隊員の方がヒロインっぽくなっているかも)
オニキスが地球から無くなった事で怪獣の出現数はK-DAY以前の水準にまで落ち着いたらしい。
え? K-DAY以前にも怪獣は出現していたの?と驚いた。
「伝説は森の中に」を見たら怪獣は昔から存在していたようだが「峠の海」を見たら現代では怪獣の存在は確認されていなかったようなので、オニキスとは別に地球上に再び怪獣が出現するようになった何か理由があるのかもしれない。
「西の空の彼方にキラキラって綺麗な光が……!」。
これはもちろん『セブン』の「史上最大の侵略 後編」のオマージュ。
『セブン』はセブン=ダンが再び地球に帰ってくるか分からないちょっとビターなエンドであったが『アーク』はユウマの帰還が示されるハッピーエンドとなった。
どこかからSKIPの怪獣ホットラインに電話が入ってエンディングへ。
普通ならここで終わりなのだが、エンディングのホットラインを受けたSKIPの反応でユウマから連絡が入った事が分かるようになっている。
そこまでハッキリと見せなくても良かったのでは?と言う意見もあると思うが、『アーク』で初めてドラマを見た子供達は今回の話で「最後にどこかから連絡が入ってくる=ハッピーエンド」と言う事を知って、これから先に他の作品で「連絡が入ってくる場面」を見た時にその後のハッピーエンドまで想像できるようになるのかなと自分は思っている。
ー #石堂シュウの日記📔 ー
— ウルトラマンアーク THE MOVIE/ジェネスタ公式 (@ultraman_series) 2025年1月23日
アークとユウマ、
SKIPの活躍で訪れた平和。
ユウマのいない
SKIP所内の今とは…?
最後のシュウの日記、
のぞいてみましょう。#ウルトラマンアーク pic.twitter.com/uutQ88GOWq