帰ってきたウルトラ38番目の弟

ウルトラシリーズとゴジラシリーズについて色々と書いていくブログです。

『ゴジラ』

ゴジラ
1954年11月3日公開
原作 香山滋
脚本 村田武雄・本多猪四郎
特殊技術 圓谷英二
監督 本多猪四郎

 

日本だけでなく世界の「怪獣」と言う概念に大きな影響を与えたゴジラシリーズの第1作。

 

ゴジラ」と言う謎の言葉がバーンと現れた後、巨大な何かの足音が聞こえてくるオープニングが実に怖い。
このオープニングは出演者とスタッフのクレジットが流れていて「何かの足音は聞こえるが実際に何が迫ってきているかは姿が描かれていないので分からない」となっているのが想像力を働かせる事になって怖さを倍増させている。

 

事件の始まりである太平洋上での船の沈没事故は、この時点では怪獣ゴジラの存在が明らかになっていないので、劇中の新聞では「海底火山の噴火」と「機雷」の可能性が挙げられている。
海上保安庁が沈没の状況について「明神島の爆発」を例に挙げているが、おそらくこれは1952年に第五海洋丸が海底火山の明神礁の噴火に巻き込まれた事件を下敷きにしていると思われる。
主人公の尾形が務めている「南海サルベージ」がどのような会社なのか分からないが、調べてみると戦争で日本近海に残された機雷の撤去に民間のサルベージ会社も関わったと言う話があった。
「海底火山の噴火」と「機雷」は当時の観客がリアリティを感じる事故原因だったのだろう。

 

大戸島の爺様の「ゴジラ」の話を若い女性達は「今時そんなものいるもんかよ」と笑う。
自分は公開当時は生まれていないので当時の感覚は分からないところがあるが、戦争終結から9年経って高度経済成長がいよいよ始まると言う時代に「若い女性を生贄にする巨大な怪物」はさすがに現実味が無くなっていたと思われる。
だが、実際は「水爆実験が引き金になった」と言う「今時=1950年代」だからこそ存在する怪物としてゴジラが現れる事となる。

 

栄光丸の沈没事件は1954年に起きた第五福竜丸被爆を背景にしているらしい。
映画の前半は「海底火山の噴火」「大昔から語り継がれている巨大な怪物」「台風」と言った「人間を超える大自然の脅威」と「機雷」「水爆」と言った「人間が生み出した科学の脅威」の二つのラインが存在していて、それが映画中盤の山根博士の語りで「水爆実験がきっかけで出現した放射能を撒き散らして暴れる怪獣ゴジラ」として一つにまとめられる事になる。

 

山根博士は落ち着いた雰囲気で一見すると常識人に思えるが、トリロバイト(三葉虫)を発見すると放射能が検知された水の中から素手で拾って田辺博士に「直接手を触れない方が良いです」と注意され、その後も「これは大変なものだ」と興奮して水の中を素手で探し続ける等、実はかなり危うい人であったりする。
後に山根博士は大勢の犠牲者が出ているのにゴジラ抹殺に反対の立場を取って、娘の恵美子に「お父様はどうかしてしまった」と嘆かれるが、大戸島でトリロバイトを見付けた瞬間、山根博士の頭の中は世紀の大発見によって良識が失われてしまったのかもしれない。

 

ゴジラの正体は今から200万年前のジュラ紀に生息していた海棲爬虫類から陸上獣類に進化しようとする中間型の生物」と言う山根博士の説明があるがジュラ紀は今から1億年以上前の時代だったりする。
これについては「人類の祖先と考えられていたアウストラロピテクスが誕生した200万年前をゴジラの元となった生物の時代にする事で人類とゴジラを重ね合わせるようにしている」と言う説を聞いてなるほどと納得した。
水爆実験によって放射能を撒き散らして暴れる事になったゴジラの姿は核開発競争の世界を生きる人間の姿なのかもしれない。(撮影ではゴジラは人間がぬいぐるみの中に入って動かすので、元々は恐竜と言う設定であるがどことなく人間に近い姿形になっていて、水爆によって変異した人間に見えるところがある)

 

山根博士の「海底の洞窟にでも潜んでいて彼らだけの生存を全うして今日まで生きながらえていた。それが度重なる水爆実験によって彼らの生活環境が完全に破壊された」と言う説明で「ゴジラは一匹だけではない」と言う事が既に示されている。

 

ゴジラの存在に水爆実験が関係している事が明らかになり、国会はその事実を公表するか否かで紛糾してしまう。
当時は広島と長崎に原子爆弾が投下されてからまだ10年経っておらず、その後も核実験による原子マグロや放射能雨と言った被害が出る等、人々にとって放射能は無視出来ない問題となっていた。
そんな中で水爆実験の影響で放射能を撒き散らすようになった怪獣ゴジラの存在は様々なところに多大な影響を及ぼす恐れがあり、実際、公表された直後からゴジラによる被害の補償を求める人達が政府に詰めかけるようになる。

 

芹沢博士が本格的に登場するのは映画の中盤から。その前にも大戸島の調査に向かう山根博士達を見送ったりしているが、「芹沢博士は恵美子と結婚して山根博士の養子になる予定だったが、戦争で右目を失った為に破談となった」「山根博士や芹沢博士に内緒で尾形と恵美子が交際している」と言う複雑な人間関係のせいで尾形達から芹沢博士に積極的にコンタクトを取る事が無く、芹沢博士の研究に関する情報を得た萩原記者が訪問した事でようやく芹沢博士は物語の表舞台に出る事となった。
萩原記者はゴジラ事件を世間に届けるだけでなく、尾形達との複雑な人間関係の為に引きこもる事になっていた芹沢博士を表舞台に引っ張り出す等、本作にとって非常に重要な役割を担っていた。

 

芹沢博士は「白衣」「眼帯」「巨大な屋敷に一人暮らし」「地下の研究室」といかにもマッド・サイエンティストな風貌をしているが内面は至って普通で、狂った倫理観を主張したり奇声を上げたりするような事は無かった。しかし、普通である芹沢博士が原爆や水爆を超える脅威となりうるオキシジェン・デストロイヤーを生み出してしまった事で、最終的には自らの死を選ぶ程に追いつめられてしまう事になる。

 

ゴジラは言葉を喋らないのでどのような目的で動いているのかは謎なのだが、「最初にゴジラに襲われた栄光丸と備後丸の生き残りが大戸島の漁船に助けられる」「大戸島の漁船の生き残りである政治が大戸島に帰る」「大戸島の生き残りである新吉が東京に向かう」とゴジラに襲われるが生き残れた人達を追っていっているところがある。

 

ゴジラが東京の街を蹂躙する場面はモノクロで夜の場面なので影になって見えない部分が多くあるが、それが逆に想像力が働かさせれて恐怖が増したところがある。

 

東京湾の海岸線一帯に5万ボルトの電流を流す有刺鉄条網を張り巡らせる為に付近の住民を避難させる事になる。
ここで防衛隊が住民の避難を助ける場面が入れられている事で防衛隊は国民を守る組織である事が分かる。
怪獣より防衛組織の方が人々にとって危険なのではないかと思われる作品もあるが昭和のゴジラシリーズは基本的に防衛組織を人々を守る存在として描いている。

 

山根「ゴジラを殺す事ばかり考えて……。何故、物理衛生学の立場から研究しようとしないんだ。このまたとない機会を……」、
尾形「先生、僕は反対です」、
山根「尾形君、わしは気まぐれに言っているんではないよ。あのゴジラは世界中の学者が誰一人として見ていない日本だけに現れた貴重な研究資料だ」、
尾形「しかし、先生、だからと言ってあんな凶暴な怪物をあのまま放っておくわけにはいきません。ゴジラこそ我々日本人の上に今なお覆い被さっている水爆そのものではありませんか!」、
山根「その水爆の放射能を受けながら尚且つ生きている生命の秘密を何故解こうとはしないのだ!」、
尾形「しかし……」、
山根「君までゴジラを抹殺しようと言うのか? 帰りたまえ。帰ってくれたまえ!」。
山根博士はゴジラは貴重な存在で研究するべきだと訴えるが、ゴジラに同僚を殺され、さらにゴジラに家族を殺された新吉を引き取っている尾形にとってゴジラは脅威でしかなかった。南海サルベージの社員や新吉の家族がゴジラの犠牲になった事を知っていながら、それでもゴジラの研究を優先しようとする山根博士は娘の恵美子が嘆いたように「どうかしてしまった」のだろう。

 

ゴジラが最初に東京に上陸した時に山根博士が警告した「ゴジラに光を当ててはいけません。ますます怒るばかりです」は最初に聞いた時はゴジラが怒って街の被害が拡大するのを防ぐ為だと思ったが、ひょっとしたら山根博士はゴジラが暴れる事でゴジラ抹殺はやむを得ないと言う状況になってしまうのを防ぐ為に警告したのかな。
もしそうなら、ゴジラの二度目の東京上陸の時に防衛隊がゴジラを抹殺する為に光を当てて5万ボルトの鉄条網へと誘導したのは山根博士にとって怒りに震える事態だったのかもしれない。

 

背びれが光り、口から放射能を吐いて街を火の海に変えていくゴジラ。それまではまだギリギリ「生物」と言える存在であったが、ここからは地球の生物の常識を遙かに超えた「怪獣」としか言えない存在となる。

 

ゴジラ』でも特に印象に残る場面となった「お父ちゃまのそばに行くのよ」の母子。
お父ちゃまは戦争で亡くなったのかなと思ったが、終戦から9年経っていると考えると子供が幼すぎる感じがする。
映画の中で栄光丸、備後丸、大戸島の住民、東京とゴジラによる犠牲者が多く出ているので、ひょっとしたら、お父ちゃまは既にゴジラの犠牲になった人だったのかもしれない。

 

ゴジラの東京上陸の場面を見て思ったが、防衛隊、消防、警察の他、対策本部やマスコミの人達と本作では全ての人々が自分の仕事を最後まで全うしている。
全ての人が自分達の仕事を責任を持って果たしているが、それでもゴジラの前には無力と言う事で怪獣ゴジラの圧倒的な力と恐ろしさを見せている。

 

個人的に本作で最も絶望を感じたのはゴジラに破壊された街で生き残った子供の体から放射能が検知されて田辺博士が首を横に振るところ。
ゴジラの恐怖は街が破壊されたあの夜だけでは終わらない。この子供の体をこの先ずっと放射能で蝕んでいくのだ。

 

芹沢博士との約束を破ってオキシジェン・デストロイヤーの秘密を打ち明けてしまった恵美子は苦しむが、それに対して尾形は「芹沢さんだって、この悲惨な災厄を救う為ならば、きっと許してくれるに違いありませんよ」と告げる。
これまでの恵美子だったら尾形の言葉に「えぇ。きっとそうね」と答えそうだが、この時の恵美子は尾形の言葉を肯定しなかった。おそらく恵美子は芹沢博士のこの後を予想できてしまったのだろう。
この時の芹沢博士を裏切って死へと追いやってしまった罪を背負い続けた結果、恵美子は『ゴジラvsデストロイア』で尾形と結婚しなかったのかもしれない。

 

水中の酸素を一瞬にして破壊しつくし、あらゆる生物を窒息死させた後で液化してしまう「オキシジェン・デストロイヤー」。
オキシジェン・デストロイヤーは凄まじいエネルギーで社会の役に立つ可能性があるが人類にとって脅威となる兵器になる恐れもある。核兵器も当初は必ずしも兵器を目指して研究や開発が進められていたわけではなかったところがあるので、「戦争を早く終わらせて平和をもたらす」と言う名目の為に使用された原子爆弾がその後どう扱われたかを考えたら芹沢博士が「ゴジラを早く倒して平和をもたらす」為にオキシジェン・デストロイヤーを使用する事を躊躇ったのも理解出来る。

 

「俺が死なない限り、どんな事で再び使用する立場に追い込まれないと誰が断言出来る?」と芹沢博士が訴えたように、この半年後に二匹目のゴジラと新怪獣のアンギラスが現れて今度は大阪が火の海に包まれる事になる。もし芹沢博士が生きていたらわずか半年で二度目のオキシジェン・デストロイヤー使用を求められていた事だろう。

 

本作の主人公である尾形は常に人間の事を考えていて、ただ考えるだけでなく実際に家族を失った新吉を引き取る等、特殊能力は持っていないがヒーロー的な立ち位置であった。
基本的に尾形は人間の強さを信じる光の属性の人で、そこが戦争や研究の影響で人間の弱さを知って影の属性になってしまった芹沢博士を無自覚に追いつめる事になってしまったところがある。(なので、恵美子も山根博士も芹沢博士の決断をうっすら感じ取っていたのに対して尾形は「自死」の可能性を一切考えていなかった。ひょっとしたら、芹沢博士の死を予感出来た恵美子と予感出来なかった尾形のズレの結果が『ゴジラvsデストロイア』で語られた二人のその後だったのかもしれない。二人には幸福に暮らしてほしかったのだが……)

 

「あのゴジラが最後の一匹だとは思えない……。もし、水爆実験が続けて行われるとしたら、あのゴジラの同類がまた世界のどこかへ現れてくるかもしれない……」。
これまでの山根博士はゴジラをあくまで「生物」として見ていたが、ゴジラによって蹂躙された東京や芹沢博士の死を目の当たりにして、かつて尾形が訴えたようにゴジラを「水爆の恐怖の化身」として考えるようになった。

 

 

『怪獣王ゴジラ
1957年5月29日公開

 

ゴジラ』を再編集して世界各地で公開した『GODZILLA KING OF THE MONSTERS!』の日本公開版。
アメリカ人記者のスティーブ・マーチンが日本で遭遇したゴジラ事件を振り返ると言う形になっている。
マーチンは尾形と萩原を合わせたようなキャラクターになっているので尾形と萩原の出番が大幅に削られている。特に尾形はオリジナル版では主人公なのに本作では「恵美子の現在の恋人」くらいの位置に留まっている。それならばいっそ芹沢博士への説得もマーチンが担当した方が一つの作品としてまとまったと思うが、さすがにそれは再撮影や編集が難しかったのかな。

 

昭和のゴジラシリーズの主人公達はちょっと離れた安全圏から怪獣達の破壊行為を見る事が多いので、本作の主人公のマーチンがゴジラに破壊された建物の下敷きになって瀕死の重傷を負って死を覚悟したのはかなり珍しくて驚いた。

 

最初に破壊された東京の街を映し出したり、山根博士が大戸島の調査の前にゴジラの存在を知っていたり、恵美子と尾形と芹沢の三角関係が早めに提示されたりと本作は最初に答えを提示してその後に答えに至る過程を明かしていくと言う構成になっている。

 

登場人物達の意見の衝突や葛藤と言ったドラマ部分が大幅に削られた結果、オリジナル版以上にドキュメンタリー色が強くなっているところがある。

 

ゴジラと水爆の関係は残されているが反戦反核の部分は全体的に削られていて、「アメリカから遠く離れた日本に言い伝えが残されている怪物が実際に現れた」「ゴジラが他の国を襲う前に倒しておかなくてはいけない」と言う展開になっている。分かりやすい内容になっているが、オリジナル版を見た後だとテーマやドラマの部分で物足りなさを感じてしまう。

 

オリジナル版では東京湾の海岸線一帯に設置された有刺鉄条網に流される電流は5万ボルトになっているが本作では30万ボルトにされている。

 

萩原記者が芹沢博士に研究内容の説明を求める場面が無いので、芹沢博士は恵美子が尾形との関係を告げようとするのを阻止する為にあえてオキシジェン・デストロイヤーの秘密を打ち明けて恵美子を自分と共犯関係にしようとした感じになっている。

 

山根博士は大戸島の調査が行われる前からゴジラの存在を知っていて政府関係者とゴジラの処遇について揉めている。ひょっとしたら本作では山根博士はかなり早い段階からゴジラの存在を知っていたが、ゴジラを抹殺させない為に政府関係者に色々忠告していたのかもしれない。しかし、その為に娘のかつての婚約者であった芹沢博士を死に追いやってしまう事になる。

 

オリジナル版ではオープニングにクレジットとゴジラの足音が流れているが本作ではエンディングでクレジットとゴジラの足音が流れているので、オリジナル版だとゴジラが迫ってきているように聞こえるのが本作ではゴジラが去っていくように聞こえる。

 


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  • 宝田 明
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