帰ってきたウルトラ38番目の弟

ウルトラシリーズについて色々と書いていくブログです。

『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』

『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』
1967年12月16日公開
脚本 関沢新一・斯波一絵
特技監督 有川貞昌
監督 福田純

 

ゴジラシリーズの第8作。
前作に続いて福田純さんが本編監督を、佐藤勝さんが音楽を担当。又、有川貞昌さんが2代目の特技監督に昇格して、関沢新一さんの弟子である斯波一絵さんが脚本に加わる等、全体的にスタッフの若返りが図られた。
そしてゴジラも息子であるミニラが登場し、スタッフだけでなく登場するキャラクターも次の世代が登場した。

 

南の島を舞台に主人公達が南の美女と出会う話だが、前作の『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』にあった1960年代の若者達の冒険と言った明るく楽しい雰囲気は無く、「ここは人間の住むところじゃない」と愚痴った古川がノイローゼになるかなり過酷な雰囲気となった。
ゴジラ』でのゴジラの東京襲撃が第二次世界大戦東京大空襲を思わせるものであったが、本作でのゾルゲル島の日々は第二次世界大戦の南方戦線を思わせるものがあった。(因みに本作のロケが行われたグアム島では数年後に横井庄一さんが発見されている)

 

三大怪獣 地球最大の決戦』からゴジラと人間の関係が少しずつ変化してきたが、本作では遂にゴジラの息子であるミニラと本作のヒロインであるサエコが「友達」と明言される関係となった。
真城達は日本がゴジラに襲われた記憶を持っていて、一方のゴジラも人間達にいじめられてきた記憶を持っているので、両者の間には緊張感が残ったままであったが、生まれてからずっとゾルゲル島で過ごしてきたサエコにはゴジラに襲われた記憶が無く、一方のミニラも生まれたばかりなので人間達にいじめられた記憶が無いので、サエコとミニラは何のわだかまりも無く友達になる事が出来た。
サエコを演じた前田美波里さんは1948年生まれと言う戦争を知らない体験していない世代である。戦争を知らない世代が増える事で戦争の記憶が薄れて再び戦争への道を歩むようになる恐れがあると言う話をよく聞く。その可能性は十分にあると思うが、一方で戦争を体験したからこそ戦った相手の国の人間に対して割り切れない感情があってそれが新たな戦争に繋がる恐れも十分にありうると思う。そう考えると、戦争を体験しなかったからこそ周りの国への憎しみを持つ事が無くて新たな戦争を引き起こす事も無くなったと言う可能性も十分にありうるのではないかと自分は本作のサエコとミニラを見て思った。

 

ゾルゲル島に向かって嵐の海を進むゴジラを見て人々が「一体何がゴジラを呼んでいるんだ? ゾルゲル島に何があるんだ?」と疑問を口にしたところでその答えである「ゴジラの息子」と言う文字がバーンと出る演出が格好良かった。
ネタバレと言えばネタバレなのだがタイトルを効果的に見せた演出だったと思う。

 

嵐の海を進むゴジラ
前作の『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』のラストでゴジラは爆発するレッチ島から海へと飛び降りているので、その流れを引き継いでいるような登場で良かった。

 

ゾルゲル島で行われた気象コントロールによる「シャーベット計画」は食料問題解決の糸口になると言う人類の将来がかかったものであったが、自然をコントロールするその技術は悪用されたら核兵器の使用と同じく地球を破滅させる恐れもあった。
この「一歩間違ったら今の人類社会を破滅させてしまう恐れがある技術」は原爆・水爆やオキシジェン・デストロイヤーの系譜と言える。実際、シャーベット計画は使い方によってはゴジラを完全に封じる事が出来る技術であった。

 

高島忠夫さんが演じた楠見博士が皆に「オヤジ」と呼ばれるのは円谷英二監督がモデルだと思われる。

 

ノイローゼになって暴れてしまう古川だが、よく考えたら周囲を化け物が闊歩しているのに無線の一部を壊してまで実験を続けた楠見博士と藤崎の方が実はよっぽどマッドであった。

 

キングコングキングギドラの後だとどうしてもスケールダウンした印象は否めないカマキラスとクモンガだが実際に見るとかなり印象が変わる。
カマキラスとクモンガは我々の身の回りにいる小さな生物が巨大化しているので、架空の恐竜を元にしているゴジラより大きさや脅威が分かりやすいところがあった。
カマキラスとクモンガは操演で動かされていて、人間が中に入って動かす着ぐるみ形式ではなかった事で人間的な感じが全く無くなってかなり怖い存在となっていた。特にカマキラスは実はかなり人間くさい動きをしていたのだがそこに人間らしい可愛らしさが感じられなかったのは凄かった。
今回は小さな島を舞台にしているので人間と怪獣の距離がかなり近くて、「怪獣に襲われて殺される」と言う身に迫る恐怖が全編に亘ってあった。この辺りは怪獣と言うより海外のモンスターに近い怖さだったかもしれない。

 

カマキラスとクモンガが操演によって人間的な要素が大きく排除されていたのに対してミニラは人間的な要素がかなり強くなっていた。
ミニラは写真で見ると「あまり可愛くないなぁ……」が第一印象だったのだが実際に映像で動いているところを見るとかなり可愛かった。ここは演じた小人のマーチャンさんの凄さ素晴らしさであったと言える。

 

「あれはゴジラの赤ん坊じゃないか?」。
生まれたばかりのミニラを見てすぐにゴジラとの関係に気付く真城。よく分かったよなぁ。

 

人間には無害なイメージがあるミニラだが、親であるゴジラを呼ぶ時に発する電波には妨害エネルギーが含まれていて人間が使う機械に異常を起こすと言う実はゴジラ並みに現代の人間社会にとって脅威の存在だったりする。

 

息子であるミニラが登場した事で本作のゴジラは人間のお父さんのようなキャラ付けとなっている。ゴジラを始めとする怪獣達の擬人化については賛否両論あると思うが、『キングコング対ゴジラ』からの流れを考えるとあまり違和感は覚えないかな。

 

ゴジラ達が人間くさくなっていく一方でエビラ、カマキラス、クモンガと言った敵怪獣は人間的な要素が殆ど無くて、同じ怪獣でも人間に通じるものを持つものは人間と繋がり、逆に人間的なものを持っていないものは最後まで人間と敵対すると敵味方が分かりやすくなっているところがある。

 

ゴジラシリーズで意外と難しいのが「映画の最後でゴジラをどうするか」である。
人間の敵であった『ゴジラ』『ゴジラの逆襲』はオキシジェン・デストロイヤーや雪崩を使う事で、怪獣対決で悪役だった『キングコング対ゴジラ』『モスラ対ゴジラ』はキングコングモスラに倒させる事でゴジラを退場させられたのだが、ゴジラが人間の敵でなくなり怪獣対決で勝利するようになった『三大怪獣 地球最大の決戦』からは最後にゴジラをどのように退場させるのかと言う問題が生じた。
本作では事件の始まりとなった気象コントロールで怪獣を凍結させて事件を解決すると言う結末になった。ゴジラが低温で活動が鈍るのは『ゴジラの逆襲』で既に描かれていたので納得出来るし、いくら怪獣を凍結出来ると言っても都会ごと凍結させるわけにはいかないので本作での解決方法は他の作品では中々使えないだろうと考えられるしとゴジラシリーズの中でもかなり上手い終わらせ方になっていた。
本作は子供向けを意識した作りになっているが、伏線と回収がしっかりとされていて脚本の完成度はかなり高かった。

 

途中にあったゴジラとミニラの日常シーンがかなりコミカルで楽しいものだったので、最後の雪が降る南の島で動きが鈍っていくゴジラとミニラが抱き合いながら眠りに就いていく場面は悲しさ切なさがあった。

 

「雪が溶けたらゴジラ親子はあの島で楽しく生活するんだよ」と言われていたが、本作以降の作品でゴジラとミニラが活動の拠点としている怪獣島は本作に登場したゾルゲル島なのかな?

 

※この時から怪獣がフキダシで喋る演出があったのね。


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