帰ってきたウルトラ38番目の弟

ウルトラシリーズとゴジラシリーズについて色々と書いていくブログです。

『ゴジラ対メガロ』

ゴジラ対メガロ
1973年3月17日公開
原作 関沢新一
脚本 福田純
特殊技術 中野昭慶
監督 福田純

 

ゴジラシリーズの第13作。
東宝チャンピオンまつり時代のゴジラシリーズは低予算で作られていたのだが、いよいよ厳しくなってきた事を感じる作品。
だが、一点豪華主義としてシリーズ屈指の完成度を誇るダム破壊シーンや様々な場所を舞台にしたカーチェイス等、限られた予算と時間でも楽しめる娯楽作品に仕上げようとした努力が見られる。

 

人類の地下核爆発実験の影響が怪獣島にまで及び、島が崩れてアンギラスが地割れに落ちてしまう。
この始まりでゴジラが人類を滅ぼそうとしなかったのが不思議。どう考えてもシートピア海底人とメガロより人類の方がゴジラの怒りに触れていると思う。
本作は『ゴジラ対ヘドラ』等と比べて「人類の罪が生み出したゴジラと言う存在」と「子供達にとって強いヒーローであるゴジラ」と言う相反する二つの要素を上手く纏められなかった感じがする。

 

こんな核実験を繰り返していると今に地球が爆発するとして主人公達は過去に海底に沈んだレムリア大陸やムー大陸の話題を出す。
今回はそのレムリア大陸に住んでいた人々の末裔であるシートピア海底王国が登場。『海底軍艦』に登場したムウ帝国を思い出すが、シートピア海底王国は最初から最後まで善人だったのが特徴。地上人の無謀な核実験で北地区が壊滅したのでやむを得ず地上人と戦う決意をしたと言う理由は納得出来るものだし、この手の作品でよく見られる計画の為に仲間や部下を切り捨てると言う非常な部分は見られなかった。同じ人類同士で争い続けて、同じ人類を倒す為に地球が爆発するかもしれない核実験を繰り返す地上人の方がよっぽど狂っていて悪人である。
主人公達はシートピア海底王国が悪ではなかった事を理解していたので、今回の事件をきっかけに地上人はシートピア海底王国が被害を受けるような核実験は止めてほしいと思うのだが……。

 

シートピア海底王国はこれまで登場した宇宙人と違って相手の体や意思を乗っ取ったりする事が出来ず、戦闘力も一般人相手に負けたりと決して高くはない。他にもコンテナを運ぶトラックを現地で調達したり、X星人達のように怪獣を完璧にコントロールする事が出来なくてジェットジャガーのような水先案内人が必要だったりとあまり脅威を感じない存在であった。
劇中でも地下で酸素や人工太陽を作れる科学力を有しているが人数が少ないのが問題と言っていたので、人口の減少が始まって種族としては行き詰まっているところがあるのかもしれない。

 

シートピア海底王国の踊り子達の服がセクシーで驚く。
本作はゴジラシリーズの中でも特に子供向けの内容になっているが、コンテナを運ぶトラックの運転席にヌードのポスターが貼られていたりと他の作品と比べて性的な要素が見られる。

 

実はシートピア海底王国とM宇宙ハンター星雲人には繋がりがあって、シートピア海底王国からの救援要請を受けたM宇宙ハンター星雲人はガイガンを出撃させる。
前作の『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』を見たらM宇宙ハンター星雲人は自分達以外の種族は滅ぼすと考えていそうだったのだが、ひょっとしたら母星を一度滅ぼした旧・M宇宙ハンター星雲人と同じ過ちを犯している地球人は滅ぼすが、そうではないシートピア海底王国とは友好関係を築くつもりだったのかもしれない。(地上と海底で住み分けも出来そうだし)

 

トラックにコンテナを積ませた人間が実はヤバい奴だったと分かったらすぐにトラックから放り投げて倒してしまったトラックの運転手達に驚く。その後も怪獣が現れたのにコンテナを降ろしてくれと頼みに来た陣川さんを体当たりで倒して陣川さんの車を奪って逃げたりと本当に戦後日本が舞台なのかと思うほどトラックの運転手達が武闘派だった。

 

昆虫と機械を合わせたメガロのデザインが秀逸。
個人的に1970年代のゴジラシリーズの怪獣デザインは外れが無い。

 

前作の『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』でガイガンに大ダメージを与えたメーサー殺獣光線車は本作でもメガロにダメージを与えている。
しかし、メガロは林に潜んで攻撃をやり過ごして反撃すると前作のガイガンと違ってメーサー殺獣光線車の攻略に成功した。

 

メガロの飛び跳ねる移動方法や超低空を飛ぶ姿が結構好き。
本作は変身ブームでアクションが激しいヒーローが数多くいる中で制作されたからか、怪獣らしい重い動きよりヒーローや怪人のような速くて軽やかな動きが多かった。

 

本作も過去の作品からの流用シーンが多く、キングギドラの破壊シーンを流用する為か、メガロの光線がキングギドラと同じになっている。

 

ダムの破壊シーンはさすが語り継がれる事になると納得のレベル!
でも、滅茶苦茶カッコイイ場面の直後にダムを壊したせいで為す術も無く川に押し流されるメガロの姿は反則過ぎるw あんなの予測出来る人いないだろw ギャグシーンとして完璧すぎる流れだったw(スタッフがギャグを意図して作った場面かは知らないが)

 

これまでのゴジラは人類の味方と言うより「自分に降り掛かる火の粉を振り払った」と言う感じだったのだが本作ではジェットジャガーからの救援要請に応えて握手までしている。
この場面によってゴジラは遂に完全な人類の味方となったのだが、絶対悪であるM宇宙ハンター星雲人相手ではなく自分と同じ核の被害者であるシートピア海底王国を相手に人類の味方となるゴジラは見ていてちょっとモヤモヤしたものを感じてしまう。

 

キングコングモスラを相手にしていた頃のゴジラはまだ絶対的な強さが身に付いていなかったが、この頃になると戦いの経験値が他の怪獣とは段違いになっていて、ゴジラが参戦すると事態が大きく変わるとして様々な種族から一目置かれる存在となっている。

 

最初はシートピア海底王国に動かされてメガロの水先案内人を務め、その次は人類に動かされてゴジラに救援要請をしたジェットジャガーは様々な行動を取るうちに頭脳部分に何か刺激を与えられて意思を持つ事となった。
伊吹博士の説明がふわっとしているので最初は何を言っているのかと思ったが、つまりは『仮面ライダーゼロワン』のヒューマギアのように人工知能が経験を積んでシンギュラリティに達したと言う事なのかな。
ジェットジャガーの覚醒は「今まで命令を受けるだけだった人型ロボットが様々な経験を経て自分の意思を持つようになった」と言う普通だったら盛り上がる展開なのだが盛り上がりや感動よりも「えっ? つまり、どういう事??」と困惑の方が先に来てしまった。
ジェットジャガーと六郎を重点的に描いて六郎の存在がきっかけでジェットジャガーが覚醒したとか色々と描きようがあったと思われるが、このドラマ面のあっさり具合も本作の不思議な魅力の一つだったりする。

 

メガロと対峙したジェットジャガーはメガロと同じ大きさに巨大化する。
伊吹博士「ゴジラが来るまで自分がメガロと戦わなくちゃいけない。その強烈な意思がジェットジャガーをあんな巨大にしたんだ!」。
すみませんが伊吹博士、私は「ロボットが意思の強さで巨大化するメカニズム」を知りたいのですが……。

 

ジェットジャガーは元々が戦闘用ではなかったので飛び道具が一切無かった。
1960年代ならまだ何とかなったかもしれないが、1970年代のゴジラシリーズで飛び道具無しで戦うのはかなり厳しい。

 

ガイガンとメガロの小悪党感全開なコンビがなんだか可愛い。
ガイガンはキャリアが10年違うキングギドラ先輩と組むよりほぼ同期のメガロと組んでいる方がなんだか楽しそうである。

 

前作に続いて怪獣によるタッグマッチが展開される。
本作ではゴジラが木を引っこ抜いて刀のように扱ったり、Vサインをしたり、ガイガンジェットジャガーを人質に取ったりと怪獣の動きが人間に近付けられている。その為、おかしな場面が結構あるのだが、戦いの起承転結や優勢・劣勢等がかなり分かりやすくなっている。

 

ゴジラ対ヘドラ』でゴジラは空を飛んでいるが、あれでガイガンやメガロと戦うのはさすがに難しく、空を自由自在に飛べないゴジラは途中から苦戦を強いられる事になる。
それを分かっているのでメガロは少しでも高い場所を陣取って戦おうとしたり、ゴジラジェットジャガーの周りを炎で囲んで逃げ場所を無くしたりしていた。それに対してゴジラは空を飛ぶ事が出来るジェットジャガーに背負われる事で危機を脱出する事が出来た。
ジェットジャガーゴジラと比べると戦力はかなり劣っているのだが、唯一ゴジラに勝っている「空を自由自在に飛べる」が形勢逆転に繋がったのは話の作りが上手かったなと感じた。

 

本作が公開された翌月から『流星人間ゾーン』の放送が始まるので、ここでキングギドラガイガンを倒すわけにはいかなかったのかもしれないが、結果的に本作はシートピア海底王国は滅びず、前作に登場したM宇宙ハンター星雲人も生き残っている者がいる事が判明し、メガロもガイガンも倒されずに済んだ。
シートピア海底王国は悪ではなかったので、メガロとガイガンを追い返して地上人とシートピア海底王国の全面戦争は回避されたで物語を終えたのは正解だったのかもしれない。

 

前作の『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』でも気になったが、日本が舞台で自衛隊等が登場しているのに一般人が宇宙人や海底人と先陣を切って戦うのは無理を感じる。特に本作では自衛隊がシートピア海底王国の存在を把握していながら伊吹研究所に一般人3人だけを派遣すると言うのは無茶だと思った。しかも一人は子供だったし。

 

戦いを終えたジェットジャガーは元の大きさに戻って自分から意思を示す事が無くなった。それを見た伊吹博士は「自分の務めが終わったから意思が消えたんだろう。だけど、また、こんな戦いが起きたら再び意思を持つかも分からないよ」と語る。
ぶっちゃけると初見では滅茶苦茶な展開に頭の中が「???」となってしまったが、落ち着いて考えると、ジェットジャガーは「同じ地球に住む者同士が戦う」と言う危機的な状況にならないと意思を持つ事が無い存在で、実は「意思を持っている状態=争いが起きている状態」として「意思を持つ事が望まれていない存在」と言う哀しい存在である事が分かった。

 

本作では伊吹兄弟が閉じ込められたコンテナがメガロに弾き飛ばされても伊吹兄弟が殆ど無傷だったりゴジラがドロップキックを繰り出したりとこれまでのゴジラシリーズと比べて人間も怪獣も軽くてポンポン飛ぶところがある。
これはギャグ漫画に近い感覚で、結果としてコミカルだったりシュールだったりする場面が多く見られる事となった。この独特な雰囲気は『シン・ゴジラ』や『ゴジラ-1.0』が公開された現在のゴジラ映画では作るのが難しく、この時期ならではのものとして不思議な魅力を持っている。

 

本作はなるべくキャラを動かして観客を飽きさせないようにと作られていた感じがする。なので、見始めると意外とスルスルと見られるところがある。一方で説明部分がかなりすっ飛ばされているので、シートピア海底王国が被害者なのに敵キャラになったり、ゴジラの立ち位置がよく分からなかったり、ジェットジャガーと言う存在が分からない事だらけだったりとかなりムチャクチャな内容になってしまったところは正直言ってあった。

 


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ゴジラ対メガロ

ゴジラ対メガロ

  • 佐々木 勝彦
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