『ゴジラ対メカゴジラ』
1974年3月21日公開
原作 関沢新一・福島正実
脚本 山浦弘靖・福田純
特技監督 中野昭慶
監督 福田純
ゴジラシリーズの第14作。
「ゴジラ誕生20周年記念映画」としてキングギドラに続くゴジラにとって宿命の敵・メカゴジラが登場した。
因みにキングギドラは劇中で那美が見た予知に登場している。キングギドラが街を焼き払って逃げる人間を踏み潰す未来があったらしいが、ブラックホール第3惑星人はメカゴジラの他にキングギドラも使う予定があったのかな。それとも時系列的には本作より未来に当たる『怪獣総進撃』の事を予知していたのかな。
本作はドラマの大部分が謎解きになっていて、「冴子が調べる海洋博工事現場の洞穴で発見された壁画とキングシーサーの置物」、「正彦が玉泉洞で拾ったスペースチタニウムの欠片」、「アンギラスが追いかける噴火や地震の原因」の三つの謎解きが同時進行している。
『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』ではガイガンの回転カッターで切られ、『ゴジラ対メガロ』では地割れに落ち、本作ではにせゴジラに口を裂かれるとアンギラスは毎回大ダメージを負っていてさすがに可哀想になる。
因みにアンギラスは1950年代の『ゴジラの逆襲』ではゴジラに殺され、1960年代の『怪獣総進撃』ではキングギドラによって空から地面に落とされる等、どの時代でも滅茶苦茶にやられている。
沖縄の古代人・安豆味王朝の末裔である国頭天願は自分達の一族を滅ぼしたヤマトンチュを自分に代わってゴジラが倒してくれる事を願う。
本土の人間と沖縄の人間の争いと言う人間同士の戦争を怪獣に託す展開はこれまでに無いものであった。ここは複雑な歴史を持つ沖縄が舞台だからこその展開と言える。
この頃になるとあまり触れられなくなるが元々ゴジラはアメリカの水爆実験の被害者であるので、第二次世界大戦の地上戦や戦後の在日米軍基地で色々あった沖縄に生きる国頭天願はゴジラを自分達に近い存在と思ったのかもしれない。
にせゴジラは正体が地球侵略を企むブラックホール第3惑星人が送り込んだメカゴジラだからか、ニセモノではあるが久し振りにゴジラによる街の破壊がたっぷりと見られる。
にせゴジラが吐く放射熱線は黄色となっている。ニセモノとは言えゴジラが青白くない放射熱線を吐くのは昭和のゴジラシリーズでは本作だけでかなりレア。
怪獣作品で主人公達が怪獣の戦いを見る時は遠く離れた安全な丘の上辺りにいる事が多いので、本作の本物のゴジラとにせゴジラの戦いを主人公達が破壊されるコンビナートの中で爆発に気を付けながら見ると言うシチュエーションは珍しかった。
いつ主人公達が爆発に巻き込まれるか分からないと言う緊迫感があってゴジラとにせゴジラ(メカゴジラ)の戦いを盛り上げていたと思う。
メカゴジラの登場シーンはブラックホール第3惑星人の「ゴジラめ。メカゴジラがお前と同じ性能だと思ったら大間違いだぞ」と言う宣言からの佐藤勝さんによる音楽、機械である事を強調した各部のアップ場面、凄まじい火力でゴジラを圧倒する展開と新たな強敵キャラとしてこれ以上無いインパクトを残した。
ブラックホール第3惑星人はキングシーサーの目覚めをきっかけに他の怪獣達が騒ぎ出す事を危惧していた。
今回はゴジラとアンギラスが登場していたが、あのまま放っておいたら他の地球怪獣達もキングシーサーに呼応してメカゴジラと戦う可能性があったのかな?
宮島博士がメカゴジラの修理を引き受けたのは娘達を人質に取られたからなのだが、実はその前にブラックホール第3惑星人から告げられた「メカゴジラは我々の科学者が地球最強の怪獣ゴジラを徹底的に分析して作り上げた素晴らしいサイボーグです。あなたにとってもきっと興味の沸く対象だと思いますがね」を即座に否定出来ていなかったりする。おそらくだが宮島博士は心の底にメカゴジラに触れてみたいと言う気持ちがあったのであろう。だからこそ、娘を人質に取られたとは言えメカゴジラを修理した事を「自分は悪魔に魂を売った」と後悔したのだと思われる。
侵略者でありながら地球人にメカゴジラの修理を頼むブラックホール第3惑星人に思わずツッコミを入れたくなる。
まぁ、いくら地球より科学が進んでいると言ってもブラックホール第3惑星人の全員が宇宙工学の専門家でノーベル賞も受賞している宮島博士を越える能力を持っているわけではないのだろうが……。
因みにブラックホール第3惑星人はメカゴジラの修理自体は自分達でも出来たのだが、修理に手間取って時間がかかると本部にミスを知られる恐れがあるので、優秀な地球人を拉致して修理を急がせたとなっている。
地球最強のゴジラを相手にしてメカゴジラが無傷で済むわけがないだろうと思うが、そういう失点も許されないところにブラックホール第3惑星人のブラック気質が見えてくる。
ブラックホール第3惑星人の正体はゴリラの顔をした種族であった。これは『猿の惑星』の影響かな? 『猿の惑星』は人間が滅んだ後に猿が地球の支配者になったと言う設定だが、ブラックホール第3惑星人にはそのような設定は特に無かった。(まぁ、M宇宙ハンター星雲人で既にやっているしね)
ブラックホール第3惑星人は宇宙人によく見られる特殊能力の類いが一切無い種族となっていて、地球人と変わらない道具を使い、ワインや葉巻きやらを嗜んでいる。その為、地球人の未来の姿を思わせるX星人や、鉱物や虫と言った人間以外の種族が進化したキラアク星人やM宇宙ハンター星雲人と比べてブラックホール第3惑星人はSFチックなところが少なくて、どちらかと言うとスパイ作品に登場する悪の秘密組織みたいな感じになっている。
インターポールの捜査官である南原さんが正体を明かした後の安心感が物凄い。
本作に限らずゴジラシリーズの主人公達は一般人や学者や報道関係者と言った荒事に向いていない人達が多かったので、普段から自分達の命を狙ってくる者達を相手にしているインターポールの人達はあらゆる危機を想定してそれらに対処出来るのでとても心強かった。(インターポールの捜査官とは別に一般人の建築技師なのに妙に強い主人公がいたが、まぁ、そこは気にしてはいけない)
キングシーサーを眠りから目覚めさせる「ミヤラビの祈り」はやはり初見だと「ようやく終わったと思ったら2番が始まった」に驚いてしまうだろう。
怪獣を目覚めさせる歌と言えば「モスラの歌」があるが、南の島らしさがあった「モスラの歌」と違って「ミヤラビの祈り」は沖縄の歌っぽくなかったのが残念。せめて沖縄の言葉で歌詞が作られていたら印象が変わっていたと思う。(じゃあ、「ミヤラビの祈り」は駄目な歌なのかと言ったら歌自体は結構良いのがまた評価に困るところでもある)
キングシーサーのデザインはこれまでのゴジラシリーズにはいなかったタイプで沖縄らしさがあって良かった。
本作は沖縄返還や沖縄海洋博の関係で沖縄が舞台になったが、本作のように特定の地域を舞台にした怪獣作品はもっとあっても良いかなと思う。
キングシーサーの「敵の光線を右目で吸収して左目で撃ち返す」はピンポイント過ぎて使いにくい能力なのだがゴジラを圧倒したメカゴジラの光線を撃ち返したのはインパクトがあって良かった。まぁ、すぐにメカゴジラにミサイルや弾丸中心の攻撃に切り替えられて苦境に立たされてしまうのだが……。
キングシーサーの置物も光線を発していたので、ひょっとしたらキングシーサーが活躍していた時代は光線を主力としていた存在が多くて、キングシーサーの能力はそれらを圧倒出来るものだったのかもしれない。
肉弾戦がメインだった昭和のゴジラシリーズではなく光線技がメインとなった平成VSシリーズの後期や平成モスラ三部作だったらキングシーサーの無双が見られたかもしれない。
『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』『ゴジラ対メガロ』と最近のゴジラはコミカルなところが目立っていたが本作のゴジラは中盤のにせゴジラ戦での建物を突き破って姿を現す場面やクライマックスでのメカゴジラとの決戦に挑む時のメカゴジラを睨みつける顔のアップ等、シリアスで格好良い場面が多かった。
壁画の予言に「二頭の怪獣が現れて人々を救う」と描かれてあったように本作のゴジラは人類を守る存在に位置付けられているが、実際は「火山や地震の異変を感じたアンギラスがその原因を探る」→「原因であるにせゴジラがアンギラスを倒す」→「アンギラスの敵討ちでゴジラが現れる」→「メカゴジラに勝てなかったゴジラがリベンジを果たそうとする」とゴジラの目的が「怪獣の仲間であるアンギラスの敵討ち」「一度自分を倒したメカゴジラへのリベンジ」と人間を守る為に戦う展開にはなっていない。
メカゴジラに勝てなかったゴジラは雷を受けて全身を磁石の塊にする。ゴジラが磁力を操る能力を得るのは本作でいきなり出てきた設定だが、ブラックホール第3惑星人はゴジラを徹底的に分析してメカゴジラを作っているので、そんなメカゴジラを倒すには今まで使っていないデータには無い能力を出すしかなかったのだと思われる。
昭和のゴジラシリーズでゴジラのパワーアップが明確に描かれるのは本作のみ。「一度敗れた主人公がパワーアップを果たして勝利する」と言う展開は少年漫画の王道で、敵キャラであるメカゴジラの強さも含めて本作は昭和ゴジラシリーズの中でもバトル作品としてレベルが高いものとなっている。
ゴジラが自分の力で強くなった一方でブラックホール第3惑星人はメカゴジラの修理に地球人の宮島博士の手を借りた。ひょっとしたらこの差が決着に繋がったのかもしれない。
クライマックスではゴジラとキングシーサーがメカゴジラと戦う事になるのだが、ラドンやアンギラスと比べると本作のキングシーサーはゴジラと殆ど連携が取れていなかった。
まぁ、キングシーサーはゴジラと初対面だったので、既にゴジラと戦って実力を示していたラドンやゴジラと長い付き合いがあったと思われるアンギラスと比べるのはさすがに気の毒かな。
だけど、ゴジラとのタッグでの活躍がイマイチだったのがキングシーサーの低評価に繋がってしまったところはあるので、ゴジラ参戦後もキングシーサーにもう少し見せ場を与えてほしかったかな。
クライマックスのメカゴジラはゴジラとキングシーサーの二体を相手にしても一歩も引かず、逆に機械の特性を生かして前後両方を同時に攻撃するなど強さを存分に見せつけた。
中の人は大丈夫なのかと思わず心配してしまうほどの火薬の爆発にテンポの良い編集に盛り上がる音楽とメカゴジラの休む事の無い攻撃はこれまでの東宝特撮怪獣映画とは一線を画すものであった。
本作はメカゴジラとキングシーサーと言う二体の新キャラクターが登場しているが、それぞれ単独での活躍を見たかったなと思うものであった。
実を言うと最終的に登場人物の活動場所が沖縄に集約されるのでまとまっている感じになっているが、「かつて沖縄を守った怪獣キングシーサーの復活」と「メカゴジラを使ったブラックホール第3惑星人の地球侵略計画」と言う二つの物語が最後まであまり交わっていない。
「沖縄の守護神キングシーサーの物語」を描くのなら東京を破壊するメカゴジラの話より安豆味王朝の末裔である国頭一族と開発で沖縄にやってきたヤマトンチュの清水兄弟の話をもっとするべきだったし、「ゴジラを元に作られたメカゴジラの物語」を描くのならブラックホール第3惑星人は沖縄のキングシーサーよりも怪獣島のゴジラを意識するべきだった。
どちらも面白い要素だっただけにその二つを一つの映画に組み込んだ為に両方の掘り下げが浅くなってしまったのは勿体なくて残念だった。
