『惑星大戦争』
1977年12月17日公開
原案 神宮寺八郎
脚本 中西隆三・永原秀一
特技監督 中野昭慶
監督 福田純
翌年に日本で公開される『スター・ウォーズ』に対抗して東宝が急遽作り上げた作品。
とは言え、内容に『スター・ウォーズ』の影響はあまり見られず、当時の日本でSFブームを巻き起こしていた『宇宙戦艦ヤマト』の方に近い展開になっていて、「戦艦が飛ぶ」と言う設定から『海底軍艦』の宇宙版と言える作品になっている。(「轟天」や「神宮寺」が登場するし)
調べてみたら『スター・ウォーズ』の日本公開より前に完成させる為に公開日の2ヶ月前に脚本が完成してクランクインすると言うとんでもないスケジュールになっていた。
本作は1970年代の公開でありながら1950年代に公開された『地球防衛軍』や『宇宙大戦争』よりSFらしさを感じられない作品になっているが、思い返してみたら轟天発進まで特撮シーンが殆ど無かった事に気付いた。おそらくスケジュールの都合で特撮シーンを多く作る事が出来なかったので、宇宙人に地球人の皮を被らせる事で宇宙人の暗躍を人間ドラマ中心で描いて、宇宙的なガジェットも殆ど使わないようにした為にSF作品と言うより刑事ドラマやスパイ作品に近い雰囲気になってしまったのだと思われる。
本作にSFらしさを感じられないもう一つの要因として宇宙からの侵略者であるヨミ第三惑星人のビジュアルがローマ帝国と言う昔の地球の文化をイメージしたものになっていた事が考えられる。
『スター・ウォーズ』も「帝国軍と反乱軍の戦い」「主人公が剣を持って戦う」と言った昔からよくある内容なのだが、ライトセーバー、ダース・ベーダー、ドロイド、ミレニアム・ファルコン、スター・デストロイヤー、Xウイング等のビジュアルでSFっぽさを補っていたのに対して本作は逆にヘル司令官や大魔艦や宇宙獣人のビジュアルでSFらしさを削いでしまったところがある。
戦いの中で轟天のメンバーが次々と死亡していく展開が辛い。
室井や冬木と言った主要人物まで呆気なく命を落としてしまうところは戦争らしい無情さがあるとも言えるが、せっかくの沖雅也さんや宮内洋さんなので、ここはガッツリと熱くて濃い人間ドラマを用意しても良かったかなと思う。
作品の前半では特撮シーンがかなり抑えられていたが、その分、クライマックスでは轟天と大魔艦の迫力ある戦いが繰り広げられた。
二隻の空飛ぶ戦艦が持てる戦力をフルに展開して真っ向から激突するラストバトルは圧巻で、正直言うと本作は評価が芳しくなくて自分も色々言いたい事はあるのだが、このラストバトルを見られた事でかなり満足出来たところはある。
公開の時期的に『スター・ウォーズ』的なものが求められていて本作がそれに応えられなかったのは事実だと思うが、それはそれとして自分はリボルバービームが問答無用で格好良かったので本作を嫌いにはなれない。
三笠の皮を被ったヨミ第三惑星人は轟天に潜入してジュンを人質に取るが特にこれと言った破壊工作は行わず、「轟天を止めろ」と宣告するだけであった。その後もヘル司令官は大魔艦に潜入した地球人達を返り討ちにしていくが捕らえていたジュンには手をかけないで滝川艦長に降伏を求めていた。
最後まで降伏を求めた理由について劇中では「滝川博士が開発に成功したエーテルを破壊する爆弾を手に入れる為」と説明されている。エーテル破壊爆弾の件を外しても、当初はヨミ第三惑星人が圧倒的に有利であった戦況が滝川博士が轟天を完成させると一気に逆転しているので、ヘル司令官は娘のジュンを人質に滝川博士の技術力そのものを手に入れようとしていたのかもしれない。
正直言って本作の滝川博士の頭脳は当時の地球だけでなく宇宙全体から見ても逸脱しているレベルであった。
「大規模に作れば銀河系を吹き飛ばせる爆弾」と言うエーテル破壊爆弾の話を聞いて「これはまた物凄い設定が出てきたなぁ……」と苦笑していたら、轟天のドリル部分に搭載した量だけで金星が爆発して吹き飛んでしまったのにはさすがに驚いた。『スター・ウォーズ』のデス・スター爆発のオマージュかもしれないが、さすがに規模が違いすぎる……。
轟天と言えば「どうして宇宙防衛艦にドリルが付いているの?」とツッコまれる事があるが、ドリル部分にエーテル破壊爆弾を搭載しているので、ドリルで敵の星を掘り進んで中心核近くでエーテル破壊爆弾を爆発させる為かなと自分は考えている。(もしそうなら「防衛」とは言えないレベルの攻撃になるが……)
製作時間が限られていたので過去の作品から特撮映像が流用されたりしているが『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』等でも似たような事はあったので自分は特に気にならなかったかな。しかし、これは自分が1978年生まれで本作を21世紀になってDVDやサブスク等を使って様々な作品と一緒にまとめて見たからであって、本作を『スター・ウォーズ』公開直前の1977年に映画館で見ていたら日本の映画界に不安を抱いていたかもしれない。
