「さらばタロウよ! ウルトラの母よ! ー海獣サメクジラ バルキー星人登場ー」
『ウルトラマンT』制作第53話
1974年4月5日放送(第53話)
脚本 田口成光
監督 筧正典
特撮監督 大木淳
ウルトラの母
身長 40m
体重 3万2千t
夢の中で、もうすぐ光太郎の人生を変えてしまうような大きな事件が起こる事を告げる。
最後に光太郎が手放したウルトラバッジを受け取って、光太郎はウルトラバッジの代わりに生きる喜びを知ったのだと語った。
今回は終始、光太郎の死んだ母親の姿であった。
「光太郎さん。とうとうあなたも見付けましたね。ウルトラのバッジの代わりに、あなたは生きる喜びを知ったのよ。さようなら、タロウ……」。
宇宙海人バルキー星人
身長 180cm~49m
体重 100kg~2万2千t
サメクジラを操ってタンカーを次々と襲った。
タロウがサメクジラと戦っている時に背後から襲おうとするがZATの攻撃を受けて退却する。その後、光太郎がウルトラバッジを手放してタロウへの変身能力を失ったところに再度現れて、ウルトラバッジを持たないタロウなど恐れるに足らないと豪語する。
額から光線を撃って光太郎を追い詰めるが、コンビナートに誘き寄せられてオイルをかけられたところをZATガンの攻撃を受けて炎上。一度は立ち上がるが最後は爆発四散した。
マスクのデザインはレオのNGデザインを手直ししたものが使われている。
海獣サメクジラ
身長 63m
体重 2万6千t
バルキー星人に操られてタンカーを次々と襲った。
海の中では猛スピードで移動する事が出来る。
陸上でも活動できるがタロウのストリウム光線で倒された。
名前の由来は「サメ」と「クジラ」かな。
物語
光太郎が日本に帰って来て一年が経ち、白鳥船長が久し振りに日本に帰って来る事となった。
しかし、ウルトラの母は白鳥船長の死を予言し、やがて光太郎は人生の大きな選択を迫られると告げる。
感想
『T』最終回。白鳥船長の再登場やタンカーやコンビナートが襲われる等、第1話の「ウルトラの母は太陽のように」と対になっている場面が色々とある。
サメクジラを探すZATだが、ここは潜水艦アイアンフィッシュを使った方が良かった。『T』はマーチャンダイジングの為にZATのメカが充実していたらしいが劇中に登場しなかったメカがあったのは残念だった。
「ZATもタロウも何もしてくれなかったじゃないか!」と怒る一郎君。
光太郎はウルトラの母から怪獣出現を知らされていたが、他の隊員は知らなかったので、ZATはタンカーが怪獣に襲われてから出撃する事となり、結果として一郎君の父親を救う事が出来なかった。
ウルトラマンも特別チームも異変が起きなければ出撃する事が出来ない。被害者を出さないようにと、まだ暴れていない怪獣を先に殺したり、まだ侵略の意図を見せていない星を攻撃するわけにはいかない。しかし、今回はその姿勢が悲劇を生む事となった。
隣に北島隊員がいるので光太郎はタロウに変身する事が出来ず、結局は目の前で白鳥船長を死なせてしまう事になる。
人前でウルトラマンに変身してはいけないのは『初代マン』の頃からのお約束であったが、それがこう言う悲劇に繋がる事は意外と無かった。
目の前でタンカーを沈没させられて、またもや泣きそうになる二谷副隊長。それとは逆に冷静に対処して隊員を落ち着かせようとする朝日奈隊長。よく考えたら、白鳥船長とは一番の知り合いのだったので、本当は朝日奈隊長が一番辛かったと思う。
タロウは上陸したサメクジラを倒すが白鳥船長はもう帰ってこない。
怪獣を倒したタロウの後ろ姿はかつてないほど哀しみを漂わせていた。
因みにこの無力感に打ちひしがれる後ろ姿が『T』におけるタロウ最後の姿だったりする。
タロウがサメクジラを倒しても自分の父親は帰ってこないとして健一君はウルトラマン達の人形を地面に叩き付けて壊す。そんな健一君に向かって光太郎は「君は心のどこかでタロウに助けてほしいと思っていたんだ」と告げる。
ここで言う「助ける」とは怪獣を倒す事ではなくて死んだ父親を生き返らせてほしいと言う事であろう。しかし、タロウと言えども死んだ人間を生き返らせる事は出来ない。
宗教や神話では奇跡として神が死んだ人間を生き返らせて人々を救済する話があるが、タロウは神ではないのでそのような奇跡を見せて人々を救済する事は出来ない。タロウが見せる事が出来る救済とは、自分の生き様を見せて人々にどう生きていけば良いのかを示す事であった。(これも神と言えば神かな? どちらかと言うと神と言うよりキリストに近い感じがする。因みにギリシア神話の神々は人々の救済の為に人を生き返らせる話はあまり無い)
タロウの力でも白鳥船長を助ける事は出来ないが光太郎としてしなければいけない事があるとウルトラの母に言われた光太郎。白鳥船長の死後、朝日奈隊長から健一君の事を頼まれた光太郎は健一君の為に自分は何をするべきなのかを考える。そして、健一君がタロウに依存してしまっている事を知った光太郎は健一君に自分一人の力で生きていく事を示そうと決断する。
もし誰かに依存したままだったら、その依存の対象が無くなってしまった時に健一君は生きていけなくなってしまう。それが光太郎が言った「もしタロウがいなくなったら、君はどうやって生きていくんだ?」と言う衝撃的な台詞に繋がっていく。これはカリスマ的な存在が亡くなった時に後追い自殺をするファンを思い出させる非常に重い言葉であった。
光太郎は自分もタロウの力はもう頼りにしないと言ってウルトラバッジを手放すと、人間には知恵と勇気があるとして、タロウの力ではなくて自分の力で宇宙人を倒すのであった。
「僕はタロウではない。東光太郎だ」。
「光太郎さん。ウルトラのバッジに頼らなくてもやれましたね」。
ここでギリシア神話の話を。
ウルトラマンと合体した光太郎=タロウを神と人間のハーフである半神半人のギリシア神話の英雄達に当てはめた事がある。
ギリシア神話でも有名な英雄であるヘラクレスは最高神ゼウスと人間アルクメネの子供で、名前はゼウスの正妻であるヘラから付けられている。
ヘラクレスはヘラから様々な試練を課されるが、その内容は怪物退治から珍しい生き物の捕獲、果ては黄金のリンゴを取ってきたり家畜小屋の掃除をしたりと多岐にわたっていて、どこかタロウの戦いと重なる部分がある。
これらの試練はヘラクレスを憎んだヘラの陰謀と言う説が一般的だが、これらの試練を経てヘラクレスは成長したとも言える。そして光太郎=タロウも一年前にウルトラの母によって誕生させられてから様々な試練を経て成長していった。
光太郎=タロウとヘラクレスを重ねると両者の最後が実に興味深い。
ヘラクレスは死んで天界に上がって神となると、人間だった部分は切り捨てられてあの世に送られてしまった。逆に光太郎=タロウはウルトラの国に帰らず、人間として生きる為にウルトラの力を捨ててしまった。
神として永遠の命を手に入れたヘラクレスと人間として限りある命を生きる事にした光太郎=タロウと両者の最後は正反対であった。
全てが終わり、ZATの皆との別れを済ませる光太郎。この時に荒垣副隊長の話題が出たのが嬉しい。
こうして全てが一年前のあの日に戻った。いや、光太郎がこの一年間色々な事を勉強してきた。今の光太郎は一年前の光太郎と同じなようで全然違う。そして光太郎は更なる勉強の為に新たな旅に出る。
そして、光太郎は雑踏の中に消えていった……。