帰ってきたウルトラ38番目の弟

ウルトラシリーズとゴジラシリーズについて色々と書いていくブログです。

『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』

『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』
2000年12月16日公開
脚本 柏原寛司・三村渉
特殊技術 鈴木健二
監督 手塚昌明

 

日本の実写ゴジラ映画第24作でミレニアムシリーズの第2作。

 

平成VSシリーズと違ってミレニアムシリーズは作品ごとの世界観が独立していて、本作は前作の『ゴジラ2000 ミレニアム』とは違う時間軸の話となっている。

 

過去や未来を舞台にした『ゴジラ-1.0』や『怪獣総進撃』、同一の世界観で物語が続いたのでゴジラ細胞やら23世紀の技術やらが出てきた平成VSシリーズの後期等を除いて基本的にゴジラシリーズは製作された時代に合わせた世界観になっているのだが本作はなんと「1954年の『ゴジラ』で東京が破壊されたので首都が大阪に移された」と言う驚きの設定となっている。
「怪獣に破壊された街が次の話で復興している」はゴジラシリーズやウルトラシリーズでよくあるツッコミどころではあるのだが、それに対して「東京が破壊されたので首都を大阪に移した」と言う答えが出されたのには正直言ってビックリした。まさか本当にそんな解決方法を出してくるとは……。
因みに「首都・大阪」と言う設定が劇中であまり活かされていないと言われる事もあるが、自分は「東京が首都ではなくなったのでゴジラに襲撃される恐れがあるプラズマエネルギーの研究場所に選ばれた」と考えている。つまり、ゴジラシリーズでよくツッコまれる「どうしてゴジラは東京を襲撃するのか?」に対して本作は「東京が首都ではなくなったのでゴジラに襲撃される恐れのあるエネルギーの研究場所に選ばれたから」と言う答えを用意したのだ。

 

本作のゴジラは1954年に東京を襲撃した後に1966年に東海村を襲撃しているが現実世界でも1966年1月に東海村の原子力発電所が営業運転を開始している。
現実世界では東海発電所を皮切りに日本各地に原子力発電所が作られていったが本作ではゴジラ襲撃によって原子力発電が永久放棄される事となった。
原子力発電所がゴジラに破壊された事を受けて原子力発電を永久放棄したのは良いが水力・火力・ソーラー・風力に力を入れても原子力発電を補うまでにはいかなかったと言う展開は本作公開の約10年後に起きた東日本大震災による福島第一原発事故とその後のエネルギー問題を予見するものとなった。
劇中では原子力に変わるエネルギーとしてプラズマ発電が登場しているが劇中の扱い的に原子力とあまり変わっておらず、膨れ上がった今の人類の社会を原子力無しで維持する事の難しさを感じる。

 

冒頭のゴジラ大阪襲撃はスーパーX等の超兵器が無い状態で人間が怪獣と戦う事がどれだけ無理な事なのかよく分かるものとなっている。
ゴジラシリーズではあまり取り上げられないところであるが他の作品でもこのように怪獣に蹴散らされていった自衛隊員が数え切れないほどいたんだろうなぁ……。

 

工藤が一瞬でカレーライスを作る事が出来る秘密が超小型のロボットであった事が判明して子供達がガッカリするのだが、あんなロボットを作れるってかなり凄い事だと思うのだが……。
辻森は工藤のマイクロマシンの技術は世界でも数人レベルと持ち上げる一方で子供達が工藤を天才と思うのは間違った夢と断じているので、ひょっとしたら工藤は子供達にかなりの大ボラを吹いていたのかな?

 

ゴジラシリーズの定番である対ゴジラ戦闘部隊として本作ではGグラスパーが登場している。
Gグラスパーは「少数精鋭のチーム」「専用の隊員服がある」「特殊戦闘機のグリフォンを有する」等、どちらかと言うとウルトラシリーズの特別チームに近いところがある。
Gグラスパーは自衛隊やGフォースと言った過去のゴジラ作品に登場した組織と比べるとかなりライトな雰囲気になっていて、同じ怪獣作品でもゴジラシリーズとウルトラシリーズでは実は作風がかなり違っていた事が分かる。

 

プラズマエネルギーの原理を応用したマイクロブラックホールにゴジラを吸い込ませて永遠に消去すると言うゴジラシリーズの中でもかなりぶっ飛んだ作戦。
基本的にゴジラシリーズの特撮は「爆発」「破壊」が中心となっているのだがマイクロブラックホールが登場する本作では「吸い込む」と言う他ではあまり見られない特撮が見られる。

 

本作の主人公は辻森桐子。ゴジラシリーズはこれまでも女性が物語の中心になる事はあったが明確に主人公とされるのは本作が初めてになるのかな?
これまでのゴジラシリーズでは戦いは男性が担当する事が殆どであったが、本作では女性の片桐が前線で戦って男性の工藤が後方で支援すると時代が変わった事を感じる作りとなっている。(そう考えると1972年に「女性が男性より強い」をさらっと描いている『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』の凄さが改めて分かる)

 

辻森を演じる田中美里さんはNHK連続テレビ小説の『あぐり』でヒロインを演じていたが、本作の音楽を担当している大島ミチルさんもNHK連続テレビ小説の『あすか』に参加していた。
ゴジラシリーズとは繋がりが薄いNHK連続テレビ小説の雰囲気が加わった事で本作はこれまでとは違った作品に仕上がったところがある。

 

辻森は「女性主人公」と言う画期的な設定であったが残念ながら劇中ではあまりそれを上手く活かせていなかったと感じる。
工藤がディメンション・タイドの使用を止めたのを辻森が強引に押し切って使用したのに失敗したら工藤の責任にしたり、工藤も辻森も怪獣に仲間を殺されているのに怪獣に襲われて死にかけた工藤に皮肉を言ったりと強い女性を描こうとして上手くいかなかった作品に多く見られがちな「強い女性が自分の気持ちを押し通して周りの意見に耳を貸さない」「強い女性が常に不機嫌でいる」をやってしまって辻森と言う人物にあまり好印象を抱けなくなってしまっている。
Gグラスパーのメンバーが性別を気にせずに辻森に対して隊長として接する等ちゃんと出来ていたところがあっただけに辻森本人の描写が勿体なかった。

 

本作の主要人物の一人である工藤元は初登場の場所が秋葉原であったりと当時の「オタク」を意識したキャラクターであるが一方でゴジラ襲撃で研究所の仲間を失ったのでドロップアウトしていた人物でもあった。
工藤と辻森はどちらもゴジラの襲撃で仲間を失っているが、そこから工藤が生きる為にゴジラから離れた(逃げた)のに対して辻森は生き残った者の責任としてゴジラと戦い続ける事を選ぶ。
そんな正反対な工藤と辻森だが、最終的に工藤はブラックホールを作ると言う研究に熱を上げていたのが辻森の影響を受けて人々を守る為にゴジラに立ち向かうになっていき、辻森も工藤の影響を受けて戦いから生還する事を目指すようになっていく。

 

基本的に自分は怪獣作品に子供が出ても良い派なのだが本作は早坂淳関係の話がかなり雑だったのが気になった。
淳は世界で初めてマイクロブラックホールを作る実験場への出入りが簡単に出来たり、重要機密を見たのに子供だったので「家族にも話さないでね」で済まされたり、おそらく「女の人なのにどうしてゴジラと戦っているの?」と言う話の為にGグラスパーの存在は知っているがその隊長が女性である事は知らなかったり、どう考えても危険なメガギラスの卵を手に入れて東京まで持っていった後に用水路に捨てちゃったり、何故か東京に現れた巨大なメガニューラを淳だけが目撃したり、Gグラスパーの隊長である辻森にメガニューラの件をすぐに相談が出来たりと物語の都合で動きすぎている。
まぁ、物語を進める為に子供が事態を悪化させてしまう展開を使うのは昔から色々な作品で見られるものであるが、本作は淳の行動によってメガギラスが東京で誕生してかなりの被害が出ているので、見ていて「子供にこんな重い業を背負わせるのは間違っているのでのはないか?」とモヤモヤしたものを感じてしまった。
本作は映画と言う尺が限られている中でゴジラ&Gグラスパーとメガニューラ&淳と言う二つのラインを作ってしまった為に色々と描写不足になってしまったところがある。Gグラスパーと言う特殊なチームと淳と言う普通の子供を繋げるのはかなり無理があったので、ここは淳を外してGグラスパーとゴジラ&メガギラスの話にした方が良かったかなと思う。

 

作品の主役を張ったラドンやモスラが再登場するのは分かるが『空の大怪獣ラドン』でラドンの餌だったメガヌロンが再登場するのは予想外すぎて驚いた。
正直言うと見る前はメガヌロンでゴジラの相手が務まるのか不安だったのだが実際に見ると日本の怪獣の基本である「大きくて一体だけいる存在」とは真逆の「小さくてたくさんいる存在」の特性を活かしていた。カマキラスやメガギラスと言った昆虫怪獣は一見するとひ弱な印象を受けるのでキングギドラやメカゴジラのような圧倒的な強さはあまり感じられないが特殊な生態を駆使して珍しい戦いを見せてくれる。
メガギラスはメガヌロンの再登場であるがメガヌロンからメガニューラーを経てメガギラスへと進化しているので再登場でありながら新怪獣に近い感じになっている。ただ、ドラマとしてはメガギラスの話を外してゴジラとディメンション・タイドの話にまとめてしまっても十分に成り立つところがあったので、もう少しGグラスパーと絡んでほしかったところがある。

 

怪獣作品としてはちょっと軽いところはあるがゴジラとメガギラスの戦いはテンポが良くて飽きない作りになっていた。
本作でのゴジラの軽快な動きは昭和ゴジラシリーズ後期に通じるところがあって、その時期のゴジラ作品が好きな自分はとても楽しめるものだった。

 

海で辻森がゴジラにしがみ付くのはこれまでのシリーズには無かった展開。
そんな至近距離でゴジラの放射能を浴び続けて大丈夫なのかとか色々ツッコみたいところもあるが新しい絵が見られて実に刺激的だった。
本作は他にも水没した渋谷の街だったりと面白い絵が色々あって映像面で楽しめる作品となっている。

 

防衛庁で「ディメンション・タイドを使って逆に取り返しの付かない事になったら……」と言う指摘に対して専門家でないのに「そんな事あり得ません!」と断言したり、当の開発者達が「一度も試し撃ちをしないでディメンション・タイドを使用するのは危険」と忠告したのに対して「私は博士達の技術を信じます!」と返したりとゴジラを倒したいのは分かるけれどさすがに無責任すぎないかと思うところが辻森にはあった。実際、防衛庁幹部や吉沢達の懸念は当たってしまっているし……。

 

冒頭にあったゴジラが東京や東海村や大阪を襲撃する場面ではゴジラは人間が見上げる強大な存在であったのだが、Gグラスパーが結成されてからは人間がグリフォンに搭乗してゴジラと同じ目線かそれより上にいる事が多くなる。他にもメガギラスも出来る限りゴジラの頭と同じ高さかそれより上空にいるようにしている等、本作は「背が高かったり高いところにいたりしている存在が優勢になる」と言う構図になっている。その構図で最強の存在になるのが地球を越えて遙か高くの宇宙に存在するディメンション・タイドである。

 

本作の悪役となった杉浦だが事態が危うくなったら総理に切られてしまったのは気の毒ではある。最終的には総理も逃げ切れなかったようだが、プロジェクトの大きさを考えると国家が深く関わっていたのは確実なので、表には出ていないが杉浦や総理以外にも責任を取らなければいけない人達がいるはず。果たしてその人達まで罪の追及は出来たのだろうか……。

 

物語として諸悪の根源のような立ち位置になってしまった杉浦だが、エネルギー漏れの対策はしていたしゴジラが出現した時に備えてGグラスパーを作っていたのでやれる事はやっていたと思う。
そもそもプラズマ発電を放棄すれば良かったのかもしれないが、原子力以外の発電では戦後日本の発展を維持する事が難しかったので、おそらくプラズマエネルギーが無かったらGグラスパーやディメンション・タイドを実現させる国力を日本は保てなかったと思われる。(原子力とプラズマ発電を放棄したらゴジラが日本を襲撃する事が無くなるのかと言ったら実は原子力もプラズマ発電も無い1954年の東京にゴジラが現れているので原子力とプラズマ発電を放棄すればゴジラ対策をしなくても大丈夫とはならない)
本作のメインテーマではないが、今の人類が核エネルギーを放棄する事の難しさが分かる話であった。

 


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