帰ってきたウルトラ38番目の弟

ウルトラシリーズとゴジラシリーズについて色々と書いていくブログです。

『ゴジラvsスペースゴジラ』

ゴジラvsスペースゴジラ
1994年12月10日公開 
脚本 柏原寛司
特技監督 川北紘一
監督 山下賢

 

ゴジラシリーズの第21作で平成VSシリーズの第5作。
前作の『ゴジラvsメカゴジラ』で平成VSシリーズは一旦終了する予定だったがハリウッド版の製作が遅れた為に急遽製作される事となった。

 

前作の『ゴジラvsメカゴジラ』で脚本を務めた三村渉さんと本編監督を務めた大河原孝夫さんが平成VSシリーズに代わる新シリーズとして企画されて1994年7月に公開された『ヤマトタケル』に参加した為に本作は脚本を柏原寛司さんが、本編監督を山下賢章さんが担当する事となった。

 

いよいよ三枝未希が物語の中心人物となる。
フェアリーモスラに「あなたが皆の心を一つに合わせる事が出来たら宇宙怪獣を倒せるわ」と言われていたように三枝未希の存在は地球に住む人間と怪獣が共存出来る可能性を示すものとなった。

 

ゴジラvsビオランテ』に登場した精神科学開発センターは前作の『ゴジラvsメカゴジラ』で精神開発センターとなり、本作ではサイキックセンターとなった。そして初登場時はまだ10代だった三枝未希も本作ではサイキックセンターの主任となっている。
これまでは主にゴジラの位置を探知する事に超能力が使われていたが、本作ではいよいよゴジラをコントロールする事に使われるようになる。そもそも三枝未希は『ゴジラvsビオランテ』の時点で精神感応でゴジラの足止めをしているので、これを発展させればゴジラの動きをコントロールする事が可能かもしれないと考える人が出てくるのは納得である。
このまま超能力者達を使った対ゴジラ作戦が続けられていけば最終的には『ゴジラ FINAL WARS』のミュータント部隊のような超能力者を中心にしたチームが作られていたかもしれない。

 

ゴジラの後頭部にテレパシー増幅装置を埋め込んでゴジラを操る「Tプロジェクト」。
ゴジラをコントロールして人類の被害を出さないようにすると言うのは理解出来るが、怪獣を意のままに操ると言うのは『ゴジラvsキングギドラ』の未来人や昭和シリーズの侵略者達と同じで、『メカゴジラの逆襲』で真船博士が生物をコントロールする研究を進めていたが当時の学会の理解を得られなかったりとゴジラシリーズにおいては禁忌に近い扱いを受けている技術となっている。
メカゴジラやMOGERAと言った怪獣を作り、Tプロジェクトで怪獣をコントロールする等、平成VSシリーズの人間は昭和シリーズの侵略者と同じ道を歩んで行く事となった。

 

本作の主人公である新城と佐藤がゴジラと戦う理由は「左遷させられた状況から一発逆転する為」となっていて、「人々を守る為」にゴジラと戦う人が殆どであった平成VSシリーズでは異色となっている。
だからこそ、三枝未希は「そういう考え方しか出来ないからゴジラを好きになれないのよ」と新城達を非難する事になる。
多くの犠牲者がいる中でゴジラを好きになる事を説く三枝未希もどうなのかなと思うところがあるが、それは本人も理解しているのか、同僚をゴジラに殺された結城がゴジラを倒そうとする事については止めようとする場面はいくつかあるがその行動そのものを直接批判する事はなるべく避けている。

 

本作の中心人物である結城はゴジラシリーズでは珍しい「過去の作品でゴジラの犠牲になった人の敵討ちの為にゴジラに戦いを挑む人物」となっている。
ゴジラによる犠牲者はかなりの数なのでかつてゴジラの犠牲になった人の身内や知り合いが出てきてもおかしくはないのだが、ゴジラシリーズは過去の作品の出来事について細かく取り上げる事が珍しいので今まではあまりいなかった。本作は過去の作品にあった様々な設定が再登場した作品となっているが、結城と言う存在も続き物となった平成VSシリーズだからこそ出せたキャラクターだったと言える。

 

ゴジラを倒す為に血液凝固剤を用意していた結城。
ゴジラも生物である以上は血液の流れを止められたら生命活動に大きな支障を来す事になるはずなので結城の着眼点はなるほどであった。因みに『シン・ゴジラ』では実際に血液凝固促進剤が投与されてゴジラは活動を停止している。

 

ゴジラと言う脅威が目の前にあるからかゴジラシリーズに登場する人類の組織は一致団結している事が多いのだが、本作ではMOGERAでゴジラと戦う事を考えていた麻生司令官とは別に瀬川長官がTプロジェクトを優先して麻生司令官に何の報告も無しにTプロジェクトのメンバーをバース島に派遣したり、そのTプロジェクトのメンバーも三枝未希は計画に乗り気ではなく、大久保博士に至っては裏で企業マフィアと結託したりしていた。その他にも麻生司令官と兵藤副司令官では作戦に使うクルーが違っていたり、その麻生司令官が信用する結城がスペースゴジラ打倒の命令を無視してゴジラ打倒に向かったり、三枝未希と新城がゴジラへの接し方で意見を衝突させたりと人間同士で争っている場面が多かった。
それらが最終的には(企業マフィアと繋がっていた大久保博士を除いて)全員がスペースゴジラ打倒で結束する事になるのだが、その一団の中にゴジラとリトルゴジラも何となく入っている感じになるところが本作の面白さであった。

 

まさかのモゲラ再登場!
Mobile Operation Godzilla Expert Robot Aero-type」と言う強引なネーミングが面白くて好き。前作の重厚なメカゴジラ発進シーンも良いが今回のヒーロー感溢れるMOGERA発進シーンも好き。
MOGERA自体は名前もデザインも劇中の活躍も好きなのだが、これまで再登場したキングギドラモスラメカゴジラと比べると『地球防衛軍』に登場したモゲラを本作で再登場させる意味は残念ながら見出せなかった。モゲラを再登場させる意味があまり無いのなら、ここは新しいキャラクターを作ってほしかった。

 

ゴジラvsメカゴジラ』のアドノア島の場面も昭和の怪獣島のような雰囲気だったが今回のバース島の場面は南の島が舞台で明るい若者達が怪獣と接すると言う完全に昭和の怪獣島と同じになっていた。

 

ゴジラvsメカゴジラ』ではちゃんと恐竜をベースにしていたベビーゴジラが本作ではゴジラをSD(スーパーデフォルメ)化したようなリトルゴジラに変化している。
今回のリトルゴジラは昭和シリーズのミニラにかなり近いキャラクターとなっているが、好みが分かれるデザインであったミニラに対してリトルゴジラは多くの人が素直に可愛いと思えるデザインになっている。ミニラに限らず昔の特撮作品に登場するかわいい系のキャラクターはどこかクセのあるデザインだったのに対して平成以降は素直に可愛いデザインが増えているは時代の流れなのかな。
この「かわいい怪獣」が結実したのが平成VSシリーズの後に登場する『ポケットモンスター』なのかなと自分は思っている。

 

ゴジラvsモスラ』で宇宙に旅立ったモスラと小美人コスモスの思念体であるフェアリーモスラが登場。
さすがに2年前に宇宙に旅立ったモスラと地球に残った三枝未希が直接テレパシーを行うのは距離的に無理を感じるので、フェアリーモスラを間に入れてその無理を無くしたのかな。

 

小美人コスモスによるとスペースゴジラの目的はゴジラを倒す事でゴジラが倒されたら地球はスペースゴジラに征服されるとの事。
これまでの平成VSシリーズではゴジラは人類にとっての脅威となっていて、ゴジラの他に怪獣が登場した『ゴジラvsビオランテ』や『ゴジラvsキングギドラ』でもゴジラが脅威である事に変わりは無かった。しかし、本作ではゴジラ以上の脅威である宇宙怪獣スペースゴジラが登場し、ゴジラが人類にとっての希望となった。ただ、ゴジラは人類の味方になったわけではなくて、あくまで同族であるリトルゴジラを助ける為にスペースゴジラと戦っていて、最後にスペースゴジラと一緒にMOGERAにもとどめを刺している。この「人間にとってゴジラは希望だが、一方のゴジラは人間を守る事を第一に考えてはいない」と言うゴジラの立ち位置は昭和シリーズの後期に通じるものがある。

 

スペースゴジラは背中の結晶がまさに「宇宙版ゴジラ」と言った感じで格好良い。
バリアーを展開したり羽も無いのに空を飛ぶのには驚いた。
浮かび上がって空中からゴジラを攻撃したり巨大な結晶体を宙に浮かせて操ったりと重力に縛られていないところがまさに宇宙怪獣であった。
改造はされていないが、こういう生物の枠を越えて戦いに特化しているところはガイガンに通じるものがあるのかもしれない。

 

スペースゴジラを同族だと思って近付いちゃったリトルゴジラが可愛い。
リトルゴジラがスペースゴジラに倒されてゴジラが怒る展開は『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』や『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』を思い出すが、『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』と『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』はミニラが物語の中心でミニラがクモンガやガバラに苦しめられるのも最後にミニラが頑張る展開に繋げる為であったが、本作は物語の中心はゴジラでリトルゴジラがスペースゴジラに倒されてしまうのもゴジラがスペースゴジラと戦う理由付けにされている。

 

リトルゴジラを庇っていたとは言え、この頃のゴジラに完勝できるとはさすがにスペースゴジラは強い。
そして、ここで敗北を喫して絶対的な強者でなくなった事で観客や劇中の人々はゴジラに感情移入する事になる。

 

「右がゴジラの細胞、つまりG細胞です。左がMOGERAが持ち帰った宇宙怪獣の皮膚細胞です。宇宙怪獣はゴジラと同じG細胞を持っています。つまり、「スペースゴジラ」と呼んで良いでしょう」。
ふむふむ……。
「今までにG細胞が宇宙に送り出される機会は二度ありました。一度目はビオランテの破片。二度目はモスラに付着したゴジラの肉片です」。
あぁ! なるほど、なるほどね!
「そのいずれかのG細胞がブラックホールに飲み込まれホワイトホールから放出される。急速な進化の中で結晶生物を取り込み、さらに恒星の爆発による超エネルギーを浴び、想像を絶する恐るべき怪獣が誕生したと言う事です」。
!!??
ちょちょちょちょっと待って!!
いきなりブラックホールやらホワイトホールやら結晶生物やら恒星の爆発やらが出てきたぞ!?
千夏さんのスペースゴジラの説明は途中までは過去の作品とも上手く繋がっていて「あぁ、なるほど!」と頷きながら聞けるのだが、途中から伏線も何も無くいきなりホワイトホールやら結晶生物やらが出てきて油断しているとあっという間に話から振り落とされてしまう。
スペースゴジラゴジラシリーズの中でも誕生の経緯が事細かに説明されている怪獣なのだが、説明を増やせば増やすほど理解出来なくなると言う摩訶不思議な怪獣であった。これを何の迷いもなく言い切れる千夏さん(と言うか吉川十和子さん)が凄い。

 

ゴジラvsキングギドラ』でゴジラの歴史は変わったはずなのに『ゴジラvsビオランテ』の話がまだ歴史に残っているのかとツッコまれるが、実は前作の『ゴジラvsメカゴジラ』の時点で『ゴジラvsビオランテ』の話が歴史に残っている事が確定している。(京都襲撃を伝える新聞でビオランテに関する記述がある)

 

結城「人間、会議ばっかりやっていると顔つきまで変わってくる。昔、自衛隊で俺の上官だった頃の麻生さんは実に凜々しかったな」、
麻生「貴様のような気楽な立場じゃないんだ。顔つきだって変わるよ」。
まさかここで麻生司令官の掘り下げがあるとは思わなかった。
この短いやりとりで麻生司令官がどのような人物なのか感じられるのが良い。
ところで麻生司令官が結城の自衛隊時代の上官で、結城が自衛隊時代に『ゴジラvsビオランテ』の権藤と親友だったと言う事は麻生司令官は権藤の上官でもあったのかな。もしそうなら麻生司令官と結城は司令官として巨大ロボットを使って戦うか一兵士として血液凝固剤を使って戦うかの違いはあるが、殺された人々の仇を取る為にゴジラ打倒に執念を燃やすと言う点では同じだと言える。

 

様々な作品でテレパシーを使える超能力者が人間の悪意を感じ取って苦しむ展開が見られるが、三枝未希はテレパシーで人間の心を見る事は少なく、結果として悪意を感じ取って苦しむ事は殆ど無かったが『ゴジラvsキングギドラ』の未来人や今回の大久保博士の魂胆を見抜く事も出来なかった。

 

正体を明かした大久保博士は三枝未希にゴジラを操って何をさせるつもりなのかと問われると「破壊。それがゴジラの生存価値だろう?」と答える。
昭和シリーズも平成VSシリーズもゴジラは最初は破壊の象徴であったがミニラやベビーゴジラが登場すると段々と変わっていった。大久保博士はそんなゴジラを本来の破壊の象徴へと戻そうと言うのだが、大久保博士がここで語っている「ゴジラの破壊」とは人間が制御出来る範囲での破壊で、当然ながらゴジラはそんな人間に制御出来るようなものではなかった。

 

新城達が企業マフィアに突入する場面は昭和のゴジラシリーズを思い出す。
そこが作品のメインではないのは分かるのだが、ゴジラシリーズの銃撃戦はイマイチ迫力が無くて盛り上がらないものが多い印象がある。
今回登場した企業マフィアは「ゴジラを利用して破壊による新たな経済活動を生み出す」と言うアイデアが面白かったので劇中での扱いはちょっと勿体なかったなと思う。

 

三枝未希がテレキネシスでベッドを浮かせたのは驚いた。
そう言えばゴジラシリーズは昔から怪獣や宇宙人や未来人が登場しているので超能力者がベッドを浮かせてもシリーズとして問題は無いかな。

 

自分は怪獣作品で人々が避難する場面が好きなので、スペースゴジラゴジラが日本のあちらこちらを破壊しながら移動した為に避難シーンがたくさん描かれる事になった本作はかなり気に入っている。

 

本作の最終決戦は新城達は「ゴジラ&MOGERA VS スペースゴジラの二対一の戦い」のつもりで、結城は「ゴジラ VS MOGERA VS スペースゴジラの三つ巴の戦い」のつもりで戦っていると言うズレが生じている事を頭に入れながら見ると分かりやすいと思う。

 

MOGERAのクラッシャードリルは怪獣相手でもえげつないダメージを与えられる武器なのだが、やはり口から強力な光線を吐く怪獣相手に近接戦闘はリスクがあるよなぁ。

 

MOGERAはスターファルコンとランドモゲラーの二機に分離・変形する事で前作のメカゴジラとの差別化が果たされていた。
スペースゴジラが宇宙エネルギーを集める要であった福岡タワーを地底戦車のランドモゲラーが破壊すると劇中でちゃんと分離したメリットが描かれているのが良かった。

 

ゴジラだけではスペースゴジラを倒す事は難しくて、MOGERAが福岡タワーやスペースゴジラの両肩の結晶体を破壊したからこそ勝てたと言う展開になっている。
ゴジラ単独では倒せなかったとした事で敗れてもスペースゴジラの格は落ちなかった。

 

MOGERAは全身がボロボロになっても戦い続け、最後はスペースゴジラに体当たりをする等、最後の最後まで兵器として使い切られていたのが素晴らしかった。
個人的に人類が駆使する対怪獣用の巨大ロボットとしては本作のMOGERAが理想の使い方となっている。

 

もしスペースゴジラが地球に襲来しないで、結城が操縦するMOGERAとゴジラがサシで戦っていたらどうなっていたのかな。

 

ウルトラシリーズの田口清隆監督が本作のファンなので、ニュージェネレーションシリーズでは『ウルトラマンZ』を中心に本作を元ネタとしたシーンがいくつか見られる。

 

自分は子供の頃に平成VSシリーズを見ているのだが、その中でも『ゴジラvsビオランテ』と並んで好きなのが本作である。1990年代後半にゴジラ関係の書籍を読んだ時に本作が当時の大人の怪獣ファンからは不評だった事を知ったが、当時の子供には人気があった記憶がある。
大人になってから見返すと本作は当時の大人の怪獣ファンが求めた1950年代から1960年代前半の怪獣作品とはちょっと違っていて、当時の大人の怪獣ファンが本作を評価出来なかったのも分かるところがある。
本作はどちらかと言うと当時人気だった「東映アニメフェア」の『ドラゴンボールZ』でクウラやブロリーが登場するような週刊少年ジャンプ原作のアニメ映画に近いところがあって、そういう作品だと思って見ると「かつてない強敵の登場」「最初は負けるが最後に勝利を掴む主人公」「最後に繰り出される超強力な必殺技」「戦いの末に奇妙な友情が生まれる」と言った週刊少年ジャンプのバトル作品の基本がちゃんと押さえられている事が分かる。
本作ではスペースゴジラゴジラが日本を縦断して様々な街を破壊しているが、これは戦争の悲劇の再現とかの意味は無くて、『ドラゴンボール』で悟空達の戦いによって周りの岩や山が破壊されるようなもので、これまで多くの犠牲者を出してきたゴジラに向かって「大した野郎だよ。気が済んだ」「結構良い奴だったよな」と人間達が言えるのも『ドラゴンボール』で元は悪人だった天津飯やピッコロやベジータが戦いの末に悟空達に認められていくのと同じと見る事が出来る。最後に三枝未希と新城が「殴り合わないと相手を理解出来ないの? 男の人って」「そこが可愛いんだ」と語るのも本作が怪獣が登場しているが怪獣作品と言うよりバトル作品であると考えると腑に落ちる。
ゴジラシリーズに限らないが、長期のシリーズを見る時は昭和、平成、令和と言った前後の流れだけでなく、その作品が作られた時に他にどんな作品があったのかと言う横の並びも頭に入れて見た方が理解が深まる。
例えば『キングコング対ゴジラ』を理解するには『キング・コング』『ゴジラ』『ゴジラの逆襲』と言った前後の流れの他に当時ブームだったプロレスや野球と言った横の並びを頭に入れた方が良くて、1970年代のゴジラシリーズはガメラシリーズやウルトラシリーズと言った正義のヒーローが登場する怪獣作品、平成VSシリーズはTVゲームや週刊少年ジャンプの作品が同時期に展開されていた事が大事になってくる。
とは言え、子供の頃ならともかく大人になってから今まで自分が見てきた作品以外まで範囲を広げて見るのは大変で、どうしても自分が好きだったシリーズだけを追いかける事になる。そうなると時代ごとに他の作品やコンテンツの要素を組み込んで変化していくシリーズとは段々と合わなくなってしまうようになる。かつてシリーズのファンだった人達が大人になってシリーズの新作と合わなくなって批判するようになるのはこのズレが原因だと思われる。段々と自分もそうなってきて見なくなったシリーズも出てきたが、昔のファンとズレがあっても今のファンにはヒットしていると言う事はそのシリーズが今の時代の要素をちゃんと組み込めていると言う事なので、自分の好みとシリーズの流れが合わなくなってくるのは残念ではあるが、これはシリーズが健全に続いている証なのかなと思う。

 

※「破壊神降臨」が格好良い!


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