帰ってきたウルトラ38番目の弟

ウルトラシリーズについて色々と書いていくブログです。

『シン・ウルトラマン』

『シン・ウルトラマン
2022年5月13日公開
脚本 庵野秀明
監督 樋口真嗣

 

ウルトラマン古谷敏 庵野秀明 声・高橋一生
身長 60m
体重 2900t
大気圏外から飛来した謎の銀色の巨人。本名は「リピアー」。
光の星の出身で地球人の監視者だったが他者の為に自分の命を使った神永に興味を抱き、地球人を知る為に神永と融合した。その後、禍特対の仲間と信頼関係を深めていき、最終的には光の星の決定に逆らって地球人を守る決意をする。
普段は神永の姿で過ごしていてベーターカプセルを点火するとウルトラマンの姿に変身する。
神永と融合した後は体に赤いラインが通り、エネルギーが消耗すると赤いラインが緑色になる。
スペシウム133を使った光線や光輪を使用する。
ゼットンを倒した後、自分の命を神永に渡して身体は未来の地球人に任せた。

 

巨大不明生物ゴメス
人類の前に初めて姿を現した巨大不明生物。
想定を遙かに超える甚大な被害を出したが自衛隊の総力戦で駆除された。

 

巨大不明生物第2号マンモスフラワー
東京駅に現れた巨大不明生物。
官民学の総力を挙げて弱点が発見され、炭酸ガスと火炎放射の両面攻撃により駆除された。

 

巨大不明生物第3号ペギラ
冷凍ガスを放出して東京を氷河期にして都市機能を麻痺させた巨大不明生物。
女性生物学者の弱点発見が決め手となって駆除された。

 

飛翔禍威獣ラルゲユウス
初めて「禍威獣」と呼ばれた敵性大型生物第4号。
飛翔の際に暴風を巻き起こして甚大な被害を出した。
取り逃がされた後の消息は不明。

 

溶解禍威獣カイゲル
敵性大型生物第5号。
初出撃した禍特対と自衛隊の連係攻撃によって駆除された。

 

地底禍威獣パゴス
敵性大型生物第6号。放射性物質を捕食するので「放射性物質捕食禍威獣」に改名された。
禍特対の指揮により駆除されるが放射性物質がまき散らかされた為に後に「パゴス事案」と呼ばれる事となった。

 

透明禍威獣ネロンガ
敵性大型生物第7号。
透過率がほぼ100%で反射率と吸収率がほぼ0%の体表組織を形成しているので姿が透明でレーザー兵器が効かない。
電気エネルギーを蓄えて万事が整うと周囲を威嚇する為に姿を現す。
角から放電するがウルトラマンには効かず、スペシウム光線で山ごと木っ端みじんにされた。

 

地底禍威獣ガボラ
敵性大型生物第8号。
放射性物質をまき散らす等、パゴスとの類似点が多く同族の可能性が高い。
地下核廃棄物貯蔵施設を狙うがウルトラマンによって阻止された。

 

ザラブ
ウルトラマンに続く外星人第2号。
スマホに自動翻訳装置をダウンロードしている。
あらゆる電子データの消去・改竄が可能。
表向きは地球との友好条約の締結が目的だが実際は戦争を起こして知的生物であるホモ・サピエンスだけを全滅させるつもりだった。
マーカーを発見次第その星に在住する知的生命体を無条件で絶滅させるのが仕事。
光学迷彩で自身の姿を消したり別の姿に見せる事が可能で、にせウルトラマンに変身して街を破壊する事で地球人とウルトラマンを戦わせようとした。
自身の計画が失敗に終わるとウルトラマンと戦うが最後は八つ裂き光輪で真っ二つに切り裂かれた。

 

メフィラス
ウルトラマンより先に地球に来訪していた外星人第0号。
地球に福音を授けに来たとしてベーターシステムの技術供与を日本政府に提案した。
本当の目的は兵器に転用出来る人類を独占管理する事で、人類が自分に従う状況を作り出す為に地球に放置されていた生物兵器の禍威獣を目覚めさせ、ウルトラマンやザラブの出現を利用した。
ベーターボックスの日本政府への引き渡しを妨害したウルトラマンと戦うが、その途中で新たな光の星からの使者が来ている事を知って地球から手を引く事を決めた。
「私の好きな言葉です」と言う言葉を何度も使う。

 

ゾーフィ
新たな光の星からの使者で光の星の掟を破ったリピアーに代わって地球人の監視者となった。同時に裁定者でもあり、光の星と同じ進化に至る可能性が高い地球人を廃棄処分とした本星の決定に従って天体制圧用最終兵器ゼットンを起動させた。
人類のアイデアゼットンが倒されると平行宇宙に飛ばされたリピアーを助け出し、地球人の勇気と知恵と生命力に敬意を表して滅ぼすのを中止する。
最後はリピアーの願いを聞き入れてリピアーと神永を分離した。

 

天体制圧用最終兵器ゼットン
ゾーフィが伴ってきた最終兵器で人類を恒星系ごと滅却する。
1テラケルビンの超高熱球(=1兆度の火の玉)を吐く。
一度はウルトラマンを倒すが人類がベーターシステムを分析して導き出した作戦によって倒された。

 

物語
「禍威獣」と呼ばれる巨大不明生物が出現する地球。
そんなある日、大気圏から外星人と思われる銀色の巨人が飛来する。
ウルトラマン」と呼ばれる巨人の出現によって地球を取り巻く状況は大きく変わるのであった。


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感想
庵野監督が手掛けた「シン・ジャパン・ヒーローズ・ユニバース」の3作目。
基本的にウルトラシリーズは子供向けなのだが本作は一般向けに作られていてこれまでより幅広い層に見られる事となった。その結果、本作は興行収入40億円を突破してウルトラシリーズトップを記録し、第46回日本アカデミー賞優秀作品賞や第54回星雲賞メディア部門等を受賞した。

 

冒頭で『シン・ゴジラ』のタイトル画面を破って『シン・ウルトラマン 空想特撮映画』のタイトルが登場するのは『初代マン』のオープニングのオマージュ。
庵野監督が『シン・ゴジラ』も担当していたとは言え令和のウルトラシリーズに「ゴジラ」の言葉が出てきたのは驚いた。

 

怪獣作品の歴史としてまず『Q』が誕生して、それを受け継ぐ形で『初代マン』が誕生したわけだが、今回もまず『シン・ゴジラ』があって、それを受け継ぐ形で『シン・ウルトラマン』があると言う形になっていて、「『Q』=『シン・ゴジラ』」「『初代マン』=『シン・ウルトラマン』」と言う図が見えてくる。

 

本作は『シン・ゴジラ』の直接の続編ではないのだが連想される部分が多々ある。
例えば冒頭に登場した巨大不明生物だが、『Q』でゴジラの着ぐるみを使ってゴメスが作られたのを受けて今回もシン・ゴジラのCGモデルを使ってゴメスが作られている他、マンモスフラワーがシン・ゴジラが倒された東京駅で倒されたり、ペギラシン・ゴジラと同じように東京の都市機能を麻痺させたりしている。そもそも「巨大不明生物」と言う言葉が『シン・ゴジラ』で使われたものであった。

 

本作では怪獣の呼称を「禍威獣」としている。
製作発表がされた時期を考えると偶然だと思われるが「コロナ禍」と同じ「禍」と言う漢字が使われた事で2022年の時代とリンクするところがあった。

 

冒頭に登場した巨大不明生物には『シン・ゴジラ』の要素が色々と込められているが、呼称が「巨大不明生物」から「禍威獣」に変わってから登場したラルゲユウスは『シン・ゴジラ』で可能性が述べられたが実際には起きなかった「ゴジラが飛翔する」が現実となったような存在となった。

 

取り逃がされたラルゲユウスだが、いくらステルス機能があってもあんな巨大な生物がその後一切目撃されないと言うのはあり得ないので、『Q』の「鳥を見た」のように小さくなったか、禍威獣出現の黒幕であったメフィラスに回収されたのかもしれない。

 

『初代マン』の科特隊は「科学特別捜査隊」と言う「科学を使って捜査をする組織」で怪獣を倒す事を目的としていなかった(怪事件を捜査していたらたまたま事件の原因が怪獣だったと言うだけ)が、本作の禍特対は「禍威獣特設対策室」として禍威獣の駆除が目的となっている。なので禍特対は科特隊より『帰マン』のMAT(モンスター・アタック・チーム)に近いところがある。

 

カイゲルと言う名前は『Q』の「ゴーガの像」の元となった脚本に登場した怪獣から付けられている。どうしてこの怪獣だけ名前が変更されたのかは謎。「ゴーガ」のままでも支障は無かったように思えるのだが……。

 

カイゲル戦の元ネタとなった『Q』の「ゴーガの像」は民間人である主人公達が街を破壊する巨大怪獣を倒す展開に無理が生じた話であったが、それを今回は軍人ではない禍特対が禍威獣を倒した最初の成功例にしたのは思わずニヤリとなった。

 

冒頭に登場した『Q』の怪獣達だが、ゴメスとマンモスフラワーとペギラとラルゲユウスまでが『シン・ゴジラ』で描かれたシン・ゴジラの要素を持つもので、禍特対結成後のカイゲルとパゴスは禍威獣は生物兵器だったと言う『シン・ウルトラマン』本編の伏線となっている。

 

シン・ゴジラ』では住民の避難や自衛隊の出撃に皆がアタフタしていたが今回は落ち着いて避難が出来ていたり指揮権の引き継ぎがスムーズに行われていたりと巨大不明生物の出現が続いて日常となってしまった事が分かる。

 

『初代マン』の科特隊は以降の作品に登場する特別チームと違ってあくまで調査がメインの組織だったので、禍特対を「自分達は武器は使わないであくまで怪獣の分析と対策がメイン」としたのは上手い解釈だった。

 

ネロンガの特性を分析した神永は「もし奴が生物兵器ならもっと進んだ文明向けだな」と呟く。
後に禍威獣が生物兵器であった事が明らかになるが神永はこの時点でそれを想定していた。生物兵器が存在すると言う事はそれを作った高度な文明人が存在すると言う事で、おそらくだが神永はこの時点で高度な文明人=外星人の存在を予測または把握していた可能性がある。
この時点で地球にいた外星人はメフィラスだけで彼が禍威獣を目覚めさせたわけだが、ひょっとしたら神永は既に禍威獣出現の裏に潜む黒幕=メフィラスの存在に気付いていたのかもしれない。

 

集落に子供が残っているのを発見した神永は自ら保護に向かう。
初めて見た時は「えっ!? 自衛隊じゃなくてあなたが行くの!?」とちょっと驚いた場面だった。
作品を一度見終えた後だとネロンガへの対策が思い浮かばないので神永の仕事は無い状態だったし、元公安なので訓練は受けていた等も分かるのだが、それでもやはり違和感が残るところがあった。
『初代マン』のオレンジの隊服を着た科特隊なら特別なチームの一員なのが説明無しで分かってハヤタ隊員が一人で子供の保護に向かっても気にならないが、神永は一般の人と同じスーツを着ているので自衛隊を差し置いて怪獣が暴れる場所に一人で向かうのは無理を感じた。当初は出撃用のオレンジのジャケットがあったようなので、それを着ていたら気にならなかったかもしれない。

 

ウルトラマンの初戦は得体の知れなさが存分に出ていた。ウルトラマンは『初代マン』の途中から「未知の宇宙人」ではなく「ヒーロー」になっていたので、ここまで「得体の知れない未知の宇宙人」と言う感じが出たのは『初代マン』の第1話以来かもしれない。

 

怪獣だけでなく山まで吹き飛ばしてしまう事でスペシウム光線のヤバさが示された。ここはヒーローとして街を破壊するわけにはいかない従来のウルトラマン達では難しい表現だったと思う。実は本作のウルトラマンもこの戦いの後では出来るだけ人間を守ろうとするのでこのような場面は見られなくなる。

 

ウルトラマンを見た滝は人間を超えた存在に頭を抱え、田村班長は知性なようなものを感じる。二人のウルトラマンに対する姿勢はこの後も変わらず、ウルトラマンを始めとする外星人が持つ人間を超えた力を目の当たりにし続けた滝はやがて心が折れてしまい、一方の田村班長ウルトラマンはただ破壊をするだけの存在ではないとしてにせウルトラマンの正体をすぐに感じ取り、メフィラスやゼットンとの戦いではウルトラマンを自分達の協力者・仲間として扱った。

 

本作は『シン・ゴジラ』に続く作品なので特に序盤は『シン・ゴジラ』を思わせる要素や演出があるのだがそれらは段々と薄くなっていって途中からは『シン・ウルトラマン』独自の雰囲気が確立されていった。(これは個人的な感覚だが続く『シン・仮面ライダー』も序盤は『シン・ウルトラマン』っぽい演出や雰囲気になっていて、こちらも途中から独自のスタイルが確立されていった感じがする)

 

色々な本を読み漁る神永。後にウルトラマンが地球人を理解する為に本から知識を得ていた事が分かる。地球に関する知識や常識が無いのでちょっとおかしな言動をしてしまうのは『メビウス』のミライを思い出す。

 

神永の姿をしたウルトラマンは自分に話しかけてきた浅見に「バディは「相棒」と理解して良いのか?」と尋ね、そこで浅見から得られた「バディは互いの信頼が第一」「ここにいるのはチームメイト。私達の仲間よ」「人は誰かの世話になり続けて生きている社会性の動物なのよ」と言う答えを重視するようになる。
地球人と一体化したウルトラマン達はハヤタ隊員やムサシやハルキと言った自分と一体化した地球人の言動や考え方に影響を受けるのだが、今回のウルトラマンは神永が既に死んでいるので神永に代わって自分の疑問に対して答えを出してくれた浅見と言う存在を重視するようになる。

 

ウルトラマン達は一人で何でも出来る超人のように思えるが実は人間の輸血や臓器移植のように命やエネルギーのやりとりはするし人間との絆で強さが変わったりするし他のウルトラマンの力を得て姿が変わったりと意外と周りの人達との繋がりが強い。しかし、本作に登場するウルトラマン達は完全に個体で生命が完結しているので自分が飲む分以外のコーヒーは用意しないし命を二つ持ってくる事も無い。

 

神永の机にはテトラポッドが置かれているが、波から海岸線を守る為に設置されたテトラポッドと禍威獣や外星人から人類を守るウルトラマンは役割が似ているところがあると言えるかもしれない。

 

「また山ぁ? 虫が多くて嫌だぁ」と愚痴をこぼす船縁。
そう言えば『初代マン』は山が舞台の話が多かった印象がある。
2010年代の怪獣作品は都会が舞台になる事が多かった印象があるので本作や『ゴジラ-1.0』等で田園風景が出てくると逆に新鮮な感じを受けるようになった。

 

放射性物質が拡散された「パゴス事案」の二の舞が起きる事は何としてでも避けたいとしてガボラに対して非常事態宣言Bが発令される。
放射性物質の拡散が大変な事態である事は『シン・ゴジラ』でも描かれていた。あの時はシン・ゴジラが拡散させた放射性物質半減期が約20日だったので何とかなったが今回のパゴスやガボラはそのような都合の良い放射性物質ではなかった。しかし、今回はウルトラマンと言う放射性物質を受け止めて除去してくれると言う都合の良い存在がいてくれて大事には至らなかった。

 

人間の力ではガボラに対処出来ないと判断した神永は作戦中に飛び出してウルトラマンに変身する。
「そんな簡単に作戦中に抜け出せるの!?」と驚いたが、船縁が「神永は寡黙でいつも一人で動いている」と言っているのでウルトラマンと一体化する前も神永は作戦中に一人で勝手に動いていた可能性がある。よく考えたら敵前逃亡になりそうなのに田村班長から今回の件に関する処罰が無かったっぽいのも既に神永はそういう存在として扱われているからなのかもしれない。
ウルトラマンと一体化する前の神永が単独行動を取っていた理由だが、もし神永が禍威獣は生物兵器で背後に外星人がいると考えていたとするなら禍威獣が出現した周囲に外星人(メフィラス?)と思われる存在がいるのか調査していたのかもしれない。

 

最初は銀色の巨人だったウルトラマンが地球人と一体化したら血のような赤いラインが全身に通ったとデザインに意味を持たせているのが良い。

 

エネルギーの急激な消耗によってウルトラマンの体表の赤いラインが緑に変わる。
成田亨さんが描いた初代ウルトラマンにはカラータイマーが無いのは有名で、本作に登場するウルトラマンはそれに倣ってカラータイマーが付けられなかったのだが、表情が変わらないウルトラマンでピンチを演出するにはカラータイマーはやはり有効な設定だったのか、カラータイマーが点滅しない代わりに体色の変化でエネルギーの消耗が表現された。

 

初戦では周りの被害を考えずに戦っていたウルトラマンだが今回は核廃棄物の貯蔵施設や禍特対を守るように戦っていた。その為、初戦では未知の宇宙人だったのが今回の戦いではヒーローの動きになっていた。この流れは続くザラブ戦でもあって、にせウルトラマンから浅見を助け出して戦ったウルトラマンは完全なヒーローとなっていた。

 

『初代マン』の「電光石火作戦」でもガボラスペシウム光線で倒されなかったが今回はそれを「ウルトラマンが光波熱線を使用したらガボラ放射性元素核融合反応を起こして危険な状態になっていた」と上手い理由が付けられていた。

 

ウルトラマンガボラの特性や禍特対の状況を知っていたのは神永の状態で情報を収集する事が出来たから。ウルトラシリーズでは「やられ役の防衛隊を出す意味があるのか?」と言う意見を聞く時があるが、特別チームが怪獣の情報を集めて対策を考案する事で最終的にウルトラマン達の勝利に貢献していると言える。

 

この時点では禍特対は神永とウルトラマンが同一人物なのを知らないので神永は作戦中に姿を消して解決したらいきなり出てきたになるのだが、ウルトラマン本人は「浅見に言われた事をちゃんと実行できたぞ」とドヤ顔で手を振って満足な表情を浮かべて皆を出迎えていると言うギャップが面白い。

 

パゴス、ネロンガガボラの首から下の部位がほぼ酷似している事に気付いた船縁はこの3体の頭部や背中はアタッチメントみたいだと考える。
これは『Q』『初代マン』での怪獣の着ぐるみの改造の流れを劇中の設定に組み込んだもので、同じ着ぐるみを改造して使ったので同じ形の部分があると言うのを生物兵器で首や背中をアタッチメントのように変えているとしたアイデアが秀逸だった。

 

ウルトラマンの巨大な身体を隠せる場所は海の中くらいと考える浅見。
この時点の禍特対には「ウルトラマンが人間に変身する」と言う考えが無いので「あの大きさのままでいられる場所」を探す事になる。
因みに基本的に人間に変身しない『トリガー』の闇の巨人達は海に潜んでいた。

 

電子データの消去・改竄が可能なザラブが暴れたら世界中が大混乱に陥って禍威獣とは比じゃない脅威となる。これによって地球人にとって最も恐ろしい存在が禍威獣から外星人へと移り変わる事となる。
本作は『初代マン』のリメイクでありながら後半は『セブン』のように宇宙人がメインの敵となるが、序盤で『Q』のような「人間対怪獣」を、前半で『初代マン』のような「ウルトラマンが解決する怪獣事件」を、後半で『セブン』のような「宇宙人との対決」をと第1期ウルトラシリーズの流れをなぞっていると見る事が出来る。

 

本作に登場する外星人はウルトラマンが「人間との会話のコミュニケーションが無い」、ザラブが「自動翻訳装置を使っての会話」、メフィラスが「地球人の姿を用意して直接会話する」と少しずつ人間に近付いている。(実際は神永の姿を借りていたウルトラマンが最も人間に近かったりするが)

 

神永の同僚である加賀美の情報収集能力と分析能力が凄い。
ウルトラマンがザラブに関する情報は基本的に加賀美から得ていた事を考えると加賀美の能力は人間の身体なので行動が制限されているとは言えウルトラマンが頼りにするレベルとなる。

 

ザラブの出現で地球が外星人の隷属に陥る危機なのにザラブを利用して地球の覇権を手に入れようと各国政府が動いている事を加賀美から聞いたウルトラマンは表情や口調に変わりは無いがちょっと不快感を覚えた雰囲気になっている。
ここで加賀美が言った「権力者の考える事は古今東西常に同じと言うわけだ」と言う言葉を覚えていたのか以降のウルトラマンは権力者に対してあまり良い感情を抱いていないところがある。

 

ザラブは自分の行動の理由を「ホモ・サピエンスも自分の都合で害虫と判断した種は虐殺している」「ホモ・サピエンスは高度な認知力と科学力を有していながら未成熟で無闇に増殖する秩序の無い危険な群体だ。滅ぼすに値する」と説明する。それに対してウルトラマンは「見解の相違」と告げるが実は光の星もザラブに似ているところがあった。なので、ザラブの考えを「違う」としたウルトラマンはこの時点で光の星の考えから外れていったと見る事が出来る。

 

ウルトラマンが横須賀の基地を破壊すると急遽立ち上げられた「外星人攻撃事態対策本部」が指揮を執る事になる。
劇中ではあまり詳しく説明されなかった組織だが外星人に対応する組織と言う事は『セブン』のウルトラ警備隊に近いのかな。

 

ザラブによって神永がウルトラマンに変身する場面がネットに上げられるが、ウルトラマンが近くにザラブがいた事に気付かないで変身するとは思えないので、これはザラブが作ったフェイク映像の可能性がある。禍特対は映像に捏造された痕跡は無いと判断したが現在の地球人の技術でザラブのフェイクを見抜けるとは思えない。(ザラブは元データごと改竄出来るし、そもそも変身が出来る)

 

神永がウルトラマンに変身する場面を見た船縁は「彼が最初から外星人だったって事?」と驚く。
実際は神永と言う地球人とウルトラマンと言う外星人が一体化していたハヤタ隊員と初代マンのパターンなのだが、神永のプライベートが一切明らかになっていなかったので、禍特対はウルトラマンと言う外星人が神永と言う地球人に変身したセブンとモロボシ・ダンのパターンだと解釈してしまった。(この後も浅見が「どうしてウルトラマンは神永さんの姿をしているの?」と考えた事はあったが「どうして神永さんと融合したの?」と考える事は無かった)

 

ウルトラマンを好意的に見ていた小室防災大臣が横須賀に現れて破壊活動を行ったウルトラマンは別人に見えると言ったのを聞いたザラブは「ウルトラマンが再び現れた時、彼が抹殺すべき存在である事があなたにも分かります」と反論する。
結果としてザラブは小室防災大臣を納得させる為に再びにせウルトラマンに変身して街を破壊しなければいけなくなり、そこに本物のウルトラマンが現れた事で街を破壊したウルトラマンは偽者であった事が地球人に知られる事となってしまった。

 

神永からベーターカプセルを手に入れようとするが失敗したザラブ。
ザラブは催眠術のようなもので神永の意識を失わせているので、神永をウルトラマンに変身させた上で催眠術で意識を失わせ、意識を失った本物のウルトラマンを人間と戦わせようとしていたのかもしれない。

 

ベーターカプセルを浅見に託していた神永。ザラブにさらわれる前に浅見の鞄に入れていたのかなと思ったが「神永の車が3日間放置されていた」となっているので神永がザラブにさらわれたのは3日前となる。さすがに浅見が3日間も自分の鞄の中を見なかったとは考えられない。
浅見は自分の鞄の中にベーターカプセルが入っていた事を「手品」と評していたので、メフィラスが指を鳴らしてベーターボックスを出したようにウルトラマンも監禁場所でザラブと会話した後にプランクブレーンから浅見の鞄の中にベーターカプセルを移したのかもしれない。

 

ウルトラマンが浅見に自分の変身アイテムであるベーターカプセルを託した理由だが、「バディは互いの信頼が第一」「ここにいるのはチームメイト。私達の仲間よ」「人は誰かの世話になり続けて生きている社会性の動物なのよ」と言う浅見の言葉があったので、ウルトラマンは自分が地球人と共に生きる為に「バディや仲間を信頼して、彼らの世話になろうとした」のかもしれない。

 

「浅見君がこんなキャラだとは意外だったな」。
いやいやいや。お前の方こそ「キャラ」なんて言葉を使うキャラだとは意外だったよ。

 

浅見「あなたは外星人なの? それとも人間なの?」、
神永「両方だ。あえて狭間にいるからこそ見える事もある。そう信じてここにいる」。
最初は完全に外星人だったウルトラマンがこの時点では「人間でもあり外星人でもある」と言う立場に変わっている。
ウルトラマンが語った「狭間にいるからこそ見える事もある」だが、おそらく人間に少し寄った事で光の星の考え方に疑問を抱き始めたのだと思われる。

 

街を破壊するウルトラマンにザラブが関係していると考えた田村班長自衛隊に攻撃を待ってもらってウルトラマンが来るのを待つ。
何もしないでウルトラマンの出現を待つのは他力本願だなぁと感じたが、この時点で田村班長は「本物のウルトラマン=神永はおそらくザラブに拉致されている」「神永の元同僚から情報を受け取った浅見はおそらく神永の救出に向かった」と考えているので実は田村班長のここでの「待つ」は「ウルトラマンが来るのを待つ」と言うより「浅見が神永=本物のウルトラマンを救出するのを待つ」と言う意味だった事が分かる。(実際、「今は待つしかありません」「待つ? 何を?」のやりとりの直後の場面は「神永を助けにやって来た浅見」である)

 

今回のウルトラマンの登場場面は「そういう解釈があったか!」と思わず膝を打つものであった。

 

ウルトラマンとザラブの戦いは街を舞台にした空中戦が展開されて「『初代マン』を今の時代に再現したらこうなる」と言う内容であった。
こういう昔の作品の戦闘シーンを今の技術と解釈でやったらこうなると言うのは見ていていて色々な発見があって面白い。

 

にせウルトラマンをチョップして痛がるウルトラマンは原典のオマージュ以上の意味はあまり無いと思われるがウルトラマンも人間に近くなってきているのかなと感じた。

 

ウルトラマンに変身する事を皆に知られた神永は人間としての権利を失って世界中から狙われる存在となってしまう。
ウルトラシリーズで何度か指摘される「ウルトラマンは何故正体を隠すのか?」に対する一つの答えが示された場面と言える。3分間だけ出てくる謎の超人ならともかく普段は人間の姿をしているのならば、ウルトラマンに変身する人間を確保する事が出来れば、それは地球の運命を大きく変える神の力を手に入れた事になる。

 

ゴシップ誌で神永と浅見のスキャンダルが報じられるが機密性の高い禍特対メンバーの情報が外に漏れると言うのはちょっと考えにくい。
ひょっとしたら姿を消した神永(と浅見)を表に引っ張り出す為に政府がマスコミに情報を流して神永を挑発したのかもしれない。

 

巨大浅見は『初代マン』の「禁じられた言葉」に登場した巨大フジ隊員が元ネタ。
禁じられた言葉」のメフィラス星人は「船を空に浮かせる」「人間を巨人にする」と自分には人間の常識を覆す力があると言うパフォーマンスだったが今回のメフィラスは自分の技術を売り込む為のプレゼンテーションとなっている。

 

宗像室長はメフィラスの狙いは巨大化した浅見を地球人に分析させて現在の自分達の技術の限界を痛感させる事だと推測する。この推測は当たっていて、ウルトラマンの初登場時から人類を超えた存在にショックを受け続けてきた滝はここで一度完全に打ちのめされてしまう。

 

「郷に入っては郷に従う。私の好きな言葉です」。
セールスの基本の一つに「相手に合わせる」があるがメフィラスが実践したのがまさにそれでウルトラマンが喋らずザラブが翻訳機だったのに対してメフィラスは人間の姿で人間の言葉を使って人間のルールに則ってきた。喋らない銀色の巨人や体の半分が透けている外星人と違ってメフィラスは会話が成り立ちそうだと思える存在だったがそれこそメフィラスの思うツボであった。

 

本作は独立した作品になっているが「マルチバース」と言う言葉が出ているので他のシリーズとも宇宙は違うがどこかで繋がっている可能性がある。

 

ウルトラマンと言う巨人の強さを人類が十分に分かったところでメフィラスは人間を巨大化させる技術を披露する。これによって地球人はウルトラマンに頼らなくてもメフィラスから技術を与えられれば自分達が巨人になって禍威獣や外星人に対抗出来るし最初に技術を手に入れたら地球の覇権を握る事も出来ると考えてしまう。
人類をウルトラマンにしようと言う話は『ティガ』のマサキ・ケイゴを思い出す。人類がウルトラマンになれば怪獣に怯える事は無くなるのだが、では、それで鼓腹撃壌の世が出来るのかと言ったらそうではない事が同じ『ティガ』の『THE FINAL ODYSSEY』で語られる事になる。

 

メフィラスは「地球に福音を授けに来た」と語るが、この「福音」と言う言葉は『シン・ゴジラ』でも使われている。メフィラスが提示した人間を巨大化させる技術が人間が禍威獣や外星人と戦える力となる一方で新たな火種を生む原因にもなり得ると言う話を聞くとゴジラによってもたらされる「福音」も新たな災いを生み出す恐れがある事が分かる。

 

「人類の巨大化による対敵性外星人からの自衛計画」が提出されてメフィラスが禍威獣出現の黒幕であった事が明かされた事で本作の敵が本格的に禍威獣から外星人へとシフトする。

 

技術を提供するメフィラスが求めた見返りは「上位概念として私を存在させてほしい」であった。ザラブが不平等な条約を出してきたのに対してメフィラスは現法はそのままと言っているので、ここで言う「上位概念」は「支配者」と言うより「神」に近いところがある。
人はどこかで何かに縋らなければ生きていけないところがあって、その為の救いとして「神」が存在しているところがあるのだが、本作の地球はウルトラマンやザラブと言った外星人の出現によって宗教が揺らいでしまい、その状況を利用してメフィラスは自身が「神」の座に就こうとした。
今すぐに社会生活が大きく変わる事は無いかもしれないが、メフィラスが「神」と言う状況が長く続いてそれが常識として定着した時、人は「神」であるメフィラスの指示に逆らう気持ちを抱く事が出来るのであろうか……。

 

メフィラスによるとそもそも禍威獣を目覚めさせたのは人類の環境破壊が原因らしい。
最初は環境破壊で怪獣が現れて途中からは宇宙人が自分の目的の為に怪獣を使うようになる流れは『Q』『初代マン』から『セブン』へ、『帰マン』から『A』への流れを思い出す。

 

ふと思ったのだが、神永が禍威獣事件の黒幕である宇宙人を調べる為に単独行動を取っていたとするなら、ネロンガ戦で命を落とさないで調査を続けていたらメフィラスの策略にいち早く気付いて阻止する事が出来たかもしれない。(メフィラスが禍威獣事件の黒幕だと人々にバレたら彼の計画は成り立たなくなる)

 

ウルトラマンと神永は人類融合の最初の成功実例で、メフィラスは浅見の巨大化実験でそれを実証すると人類は強力無比な兵器に転用出来る有効な生物資源だと判断して、この豊富で貴重な生物資源を他の知的生命に荒らされる前に自分が独占管理しようとする。
ウルトラシリーズでは地球人を下に見る存在が多かったので、地球人を「貴重な資源」と見たメフィラスは結構異色で斬新だった。

 

メフィラスのように地球人の上位概念になる事をウルトラマンがしなかったのは「人類の自立的な発達を停滞させる事になるから」だと思われる。
ウルトラマンもメフィラスも「地球と人間が好き」なのだが言葉は同じでもそこには大きな違いがあった。

 

昔からウルトラマン達は人類の選択に干渉しないようにしていて本作でもウルトラマンはなるべく地球に深入りしないようにしているのだが、メフィラスはウルトラマンが人類の選択に干渉しないと言うのを逆手に取って自分と契約を結ぶよう人類に選択させればウルトラマンは自分に手出しが出来なくなると考えた。
このメフィラスの考えは昔からあるウルトラシリーズの定番を上手く利用したもので思わず感心した。それに対するウルトラマンの「実力で阻止させてもらう。これは私の中の人間としての意志だ。光の星の掟とは関係が無い」と言う返しもなるほどと唸るものであった。
一体化型のウルトラマンは宇宙人でもあり人間でもあって『初代マン』の「禁じられた言葉」でもメフィラス星人の「貴様は宇宙人なのか? 人間なのか?」と言う質問にハヤタ隊員が「両方さ」と答えていたが、今回はそれを活かして「宇宙人としてはOUTな行動も地球人ならOKとなる」とした。
メフィラス「そうか。その為に原生人類と融合したのか。賢しい選択だ」、
ウルトラマン「そうではない。だが、結果的にはそうだとも言える」。

 

「私はこの弱くて群れる小さな命を守っていきたい」と言うウルトラマンの言葉にメフィラスは「それは君ではなく君の中にいる人間の心ではないのか? ウルトラマン」と告げる。
この「ウルトラマンの中にいる人間の心」は素直に解釈すれば「ウルトラマンの中にいる人間・神永の心」となるが、それとは別に「ウルトラマンの中に人間らしい心が生まれた」とも解釈出来る。

 

割り勘の場面はギャグになっているが一緒に払わせる事で「あなた(ウルトラマン)は私(外星人)側なんですよ」と言うメフィラスの揺さぶりにも見える。(そう考えると序盤にあった神永が浅見と一緒にコーヒーを飲まなかったのは「ウルトラマンは人間との間に線を引いている」と言う意味でもあったのかな?)

 

「政府の男」を演じるのは『シン・ゴジラ』で赤坂補佐官役だった竹野内豊さん。
シン・ゴジラ』『シン・ウルトラマン』『シン・仮面ライダー』の3作はあえて同じ役者を起用しているところがあってその辺りを色々深読みするのも面白い。
昔の特撮作品は同じ役者が違う役や似た役で別の作品に出る事が多かったので今回はそれらへのオマージュでもあったのかな。

 

ウルトラマンの作戦はベーターボックスを自分の手で破壊するのではなく地球人に渡して彼らに処遇を委ねると言うものであった。
ここで禍特対に協力する自衛隊機があるのでメフィラスの提案を快く思っていない人が他にもいた事が分かる。
一連の展開を見た政府の男も「田村に上手く質に取られたな……と言う状況なのだが、ミスター・メフィラス」と話しかけている。今の時代だと「上位概念=神」に向かって「ミスター」と言うのはちょっとおかしい感じがするので、ひょっとしたらこれは「あなたを神として扱わない」と言う政府の男の表明だったのかもしれない。

 

「目的の為には手段を選ばず。私の苦手な言葉です」。
人間相手には常に余裕を見せていたメフィラスがウルトラマンを相手に初めて不快感を露わにした。
ここで自分に対して反旗を翻した地球人ではなくウルトラマンに向けて不快感を見せた事でメフィラスは人類を利用価値はあるが脅威とは思っていない事が分かる。

 

「好きな言葉です」の逆は「嫌いな言葉です」だと思っていたのでメフィラスが「苦手な言葉です」と言ったのはちょっと驚いた。
ウルトラマンとは違う意味ではあるがメフィラスが「地球と人間が好き」と言ったのに実は嘘は無かったのかもしれない。


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ザラブ戦に比べてメフィラス戦は動きが単調なところがあるのだが、ここに至るまでのストーリーとメフィラスの強敵感とBGMの効果でかなり盛り上がる戦いとなっている。
こういうところは『新世紀エヴァンゲリオン』のTVシリーズで後半になると動きが無くなっていったがシチュエーションをきっちりと整える事で盛り上がる展開を作っていたのを思い出す。

 

「君を支えるスペシウムエネルギーはプランクブレーンからの非コンパクト化への負荷と同時に他生命体との融合情報を維持する状態では急激に消耗する。ネゲントロピーを利用した私と違って活動制限時間はかなり短いはずだ。それまでに私を倒せるか? ウルトラマン!」。
有名なウルトラマンの活動時間を知らせるナレーションを敵キャラクターのメフィラスに言わせる事でウルトラマンのピンチ度を格段に上げた展開が上手い!

 

ベーターボックスの強奪は明らかに政府への背信・犯罪行為だったので禍特対は日本政府に確保される事になる。しかし、実際はウルトラマンと繋がりを持つ禍特対を世界各国から守る為の処置で、政府の男と宗像室長は禍特対はウルトラマンに強要されてやむを得ず従っただけと言う落とし所を付ける。
ウルトラシリーズウルトラマンが正体を公にしない理由はいくつかあるが、その一つに自分だけでなく周囲の人間も平穏な日々を送れなくなると言うのがある。今回のようにウルトラマンには手出しが出来なくてもウルトラマンの関係者なら拉致する事が出来ると考える人は絶対に出てくるであろう。

 

ウルトラマン相手に優勢に戦っていたメフィラスが自身の計画を取り下げて地球を去ったのはゾーフィが地球に来た事に気付いたから。と言う事で本作最後の敵は光の星のゾーフィが出したゼットンとなった。
本作の前半では禍威獣達をウルトラマンが倒していったが、途中で禍威獣が生物兵器である事が明かされて、終盤で人類は生物兵器にする事が可能であると言う話になったら、確かに人類にとって最後の敵は生物兵器を駆除していく光の星になってしまう。この辺りはちゃんと起承転結が出来ていた。
ウルトラ兄弟の設定がある今のM78星雲シリーズで地球とウルトラマン達を対立させるのは難しい。今回はウルトラマン達の出身地が光の国ではなく「光の星」となっているが、これは光の星はウルトラ兄弟がいる光の国とは別物である事を示しているのかなと思った。(『平成セブン』も地球と光の国が相容れない展開になった終盤ではウルトラ兄弟の設定がある作品とはパラレルと言う扱いになっていた)

 

それにしてもゾーフィの登場には驚いた。
元ネタの「宇宙人ゾーフィ」の存在は知っていたがそれがまさか公式の映画に出てくるなんて考えもしなかった。でも、昔の誤った情報で誕生してしまった謎のキャラクターを使った事でゾーフィを始めとする光の星はウルトラ兄弟がいるこれまでの光の国とは違うと言う事がより強く印象付けられたと思う。(他にも誤植で変更になったウルトラマンの出身地「M87」が主題歌に使われたりしている。)

 

今回登場する外星人は最初のザラブが「姿形だけウルトラマンに似せた」で次のメフィラスが「ウルトラマンと同じシステムを扱う」で最後のゾーフィが「ウルトラマンと同じ光の星出身」と段々とウルトラマンと同じものになっていっている。

 

二人目のウルトラマンが登場して主人公のウルトラマンの名前が「リピアー」である事が明らかにされる。
「リピアー」の名前の由来としてヒメイワダレソウの別名である「リッピア」と言う説がある。本作の主題歌『M八七』が花の事を歌っているような歌詞になっているので自分もこの説を支持している。

ウルトラマンが神永と融合したのは自分が初めて地球で戦った時に神永が巨人着陸の衝撃から子供を守ろうとして命を落としたのを見たからとなっている。神永の行動をウルトラマンは「彼は他者の為に自らの命を使う興味深い生命体だ」と語る。
ウルトラマンが地球に飛来した目的が禍威獣の駆除で誰かを守る事ではなかったとすると、ネロンガ戦のウルトラマンと神永の行動は「禍威獣を倒す為に危険地帯に降り立ったウルトラマン」と「自分より弱い者を守る為に危険地帯に向かった神永」と真逆になる。おそらくウルトラマンは自分とは全く違う目的で自分と同じように禍威獣が暴れる危険地帯に入った神永と言う存在に興味を抱いたのであろう。そして今まで見た事が無い神永の行動を見たウルトラマンは神永を理解したいと思って光の星で禁じられていた人類との融合を試みる。
そして続くガボラ戦ではウルトラマンは禍威獣をただ倒すのではなく人間も守ろうと行動した。この「自分より弱い者を守る為に行動する」は先の神永と同じで、ウルトラマンは実際に神永と同じ行動をする事で神永の行動の意味を理解しようとする。戦いが終わった後、無事だった禍特対を見てウルトラマンである神永が満足そうな表情を見せたのはその答えを感じたからと思われる。

 

今回のウルトラマンは自身の不注意によって命を奪ってしまった神永と一体化すると言う『初代マン』のウルトラマンの部分と、危険を顧みずに子供を助けようとした神永の行動に心を動かされて一体化する事を決めたと言う『帰マン』のウルトラマンの部分を合わせた感じになっている。

 

本作の主人公である神永だが本人は冒頭で命を落としてしまったので作品を最後まで見てもどういう人物なのかよく分からないところがある。
ひょっとしたら、この映画はウルトラマンが「神永を理解したい」と思ったように観客も神永と言う人物についてあれこれ考えて理解しようとする作品なのかもしれない。
しかし、神永はすぐに死んでしまって彼の意志がその後出てくる事が無かったので、ウルトラマンも観客も神永は本当はどのような人物でどういう気持ちであの時子供を助けて命を落としたのか、その答えを知る事は出来なかった。

 

ゾーフィは「この星の人類は光の星と同じ進化に至る可能性が高いので現時点で廃棄処分する事が決定された」と告げる。
「人間からウルトラマンへと進化した」と言うのは光の国と同じだが、『メビウス』で光の国は地球人に過去の自分達を重ねて守る事を決めたと言われたのに対して本作の光の星は地球人の未来に自分達を重ねて滅ぼす事を決めたと真逆の展開になっている。

 

ザラブもメフィラスもゾーフィも高いところから人類を見下ろして彼らの行く末を勝手に判断していたがウルトラマンだけは「この星の人類にとって自分達は唯一無二だ」と人類に寄り添った判断を見せる。

 

メフィラスが人類を家畜のように捉えていたので本作でのウルトラマンの行動を「人間が家畜に興味を持って家畜と一緒に生きようとした」と解釈した話を読んだ事があるが、もしそうならゾーフィのような同僚ならまだ取り敢えずウルトラマンから事情を聞く余裕があるだろうが『トリガー』のカルミラのような恋人だったら発狂してしまうだろうなぁ。この解釈に『トリガー』を当てはめるとユザレと言う小動物と出会ったら彼氏がユザレと同じ小動物になって性格も変わってしまったとなるので、 そりゃカルミラも訳が分からなくなるよな……。 

 

衛星軌道にゼットンが出現した事で禍特対にはウルトラマンに対処を依頼する電話が鳴り響く。
滝「もう何でもウルトラマン頼みですね」、
田村「昔から人間、困った時は神頼みだ。ウルトラマンが今最も神様に近い存在だ。しがみ付くのも無理は無い」。
宗教の概念が揺らいだところでメフィラスは人類の上位概念=神になろうとしたが、そのメフィラスが地球から去った事でウルトラマンがその位置に座らされる事となった。

 

日本政府はウルトラマンを国連が設立した新たな組織による共同管理下とする条約に批准したとの事。
「国連が設立した新たな組織」と言うのは『帰マン』のMATを思い出す。
こうして見ると本作は最初に禍特対(科特隊)、次に外星人攻撃事態対策本部(ウルトラ警備隊)、その次に国連が設立した新たな組織(MAT)と『初代マン』から『帰マン』までの特別チームの流れを再現しているところがある。もしかしたらこの次はプランクブレーンや平行宇宙から来る異次元人に対応する組織が設立されるかもしれない。

 

政府の男に同行を頼まれたウルトラマンは「私は人間社会に関与しない傍観の立場だ。脅威は不要と捉えてほしい」と答えるが政府の男は「残念ながら国際社会では君を信用しない為政者が圧倒的多数を占めている」と返す。まぁ、他の国はウルトラマンに助けてもらった事が無いので信用出来ないのは仕方が無いかな。

 

「もし君が同行を断れば禍特対専従班全員の生命の保証は出来ない」と言う政府の男の言葉にウルトラマンは「恫喝は人間の良くない所業だ。もしそれを実行すれば私はゼットンより早く人類を躊躇う事無く滅ぼす」と返す。「それも恫喝ではないのかね?」と言う政府の男の指摘にウルトラマンは「対等な立場での交渉だ」と答える。
表向きは対等な立場で交渉していながら実際は圧倒的な力で自分の言い分を押しつけてくるのは実はザラブやメフィラスと同じだったりする。人間の為に動いてくれている事は理解できても政府の男や各国政府からしたらウルトラマンもまたザラブやメフィラスと同じ脅威と捉えられたと思われる。

 

このウルトラマンと政府の男のやりとりは人間から見たら神に近い存在であるウルトラマンが「俺のダチに手を出したらお前らタダではすまさんぞ!」と人間と同レベルでやり合っていると言うのが面白い。
メフィラスは人間の言葉を使って名刺を渡すと言う礼儀もマスターしていて対等の相手として人間と交渉するが実際は人間を家畜扱いしていて、一方のウルトラマンは「バディ」と言う言葉もよく分からず仕事仲間にコーヒーを炒れると言う礼儀も知らなくて人間から神のように見られているのに実際は禍特対の仲間が好きになって「私の仲間を傷付けたら報復するぞ」と人間と同じレベルで喧嘩する存在であった。

 

ゼットンが放つ1テラケルビンの超高熱球は地球どころか太陽系が蒸発して数光年先まで被害が及ぶレベルであった。
『初代マン』のゼットンが放つ「1兆度の火の玉」は『空想科学読本』等でも取り上げられた有名なトンデモ設定だが、それを実際に劇中に組み込んで物語を展開するところが本作ならではだと思う。

 

ゼットンとの決戦に向かう時に神永は「為せば成る。為さねば成らぬ。何事も」と語る。思わずその後に「私の好きな言葉です」と言うのかと思ったが、それは無かった。
メフィラスは「好き」と言う言葉を何度も使っていたのだが使いすぎた事で逆に「本当に好きなの?」と言う感じがしてきて、逆に「好き」と言う言葉を使わなかったウルトラマンは「本当に人間が好きになったんだなぁ……」と感じるのが面白い。

 

ゼットンはCGの出来があまり良くなかったのが残念。
前半に登場したネロンガガボラ、ザラブが良かっただけに終盤のメフィラス戦とゼットン戦が悔やまれる。

 

メフィラス以上の強敵をどう描くのかなと思ったらとてつもなく巨大なゼットンが出てきて度肝を抜かれた。
クライマックスにデカスゴな敵が出てくるのはウルトラシリーズの映画では昔からある伝統。今までウルトラマンを巨人として人類より強く大きな存在として描いていたので、クライマックスではそんなウルトラマンですら小さく見えてしまう巨大な敵が出てくると言うのは分かりやすくて良い。

 

神にも等しいウルトラマンの敗北を受けて各国政府はゼットン案件の真相について一切を公表しないで世界はこのまま何もせず何も知らないまま終わるのが一番幸せだと判断する。
ウルトラシリーズに限らずヒーロー作品のクライマックスは世界規模の危機が起きて人々が絶望する展開が多いので今回のゼットンの存在が日常となった人々の暮らしを通して滅びに向かう世界を描くと言うのは自分としては斬新で驚きであった。

 

ゼットンの能力を知った滝はすっかり心が折れてしまって「僕ら人類は所詮小さな地球の中の小さな存在。外の世界に対してあまりに無力だ。ウルトラマンに全部任せるのが最適解だよ。神永さん、後をよろしく」と言い残してドロップアウトしてしまう。
しかし、船縁は最後まで諦めずにゼットンの弱点を探し続けて「何をしても無駄」と言う滝に向かって「生き延びたいから強くなる。その為の知恵と力と勇気でしょ」「絶望は無駄に人の心を貶める。希望を持っていた方が気分良いわよ」とアドバイスを送る。
常に前向きに生きようとしている船縁はウルトラシリーズで度々語られる人間のあるべき姿を体現していると言える。政府に確保された時にお菓子を食べ続けたのを浅見に「意外とストレスに弱い」と言われていたが実はこの場面も自分がストレスに弱い事を理解していてその発散方法もちゃんと分かっていて対処が出来ていると見る事が出来る。
そんな船縁だからこそ神永も微笑みと共に最後の希望を託す事が出来たのだろう。今の滝に直接渡しても希望を見付ける事は出来ないが船縁なら滝を絶望から立ち直らせられると考えたのだと思う。

 

外星人の技術を目の当たりにし続けた滝は心が折れて「ウルトラマンに全部任せるのが最適解だよ。神永さん、後をよろしく」と言ってゼットンとの戦いから逃げてしまったが、ウルトラマンは「僕は君達人類の全てに期待する。滝、後をよろしく」と言ってゼットンとの戦いに向かう。自分ではゼットンに勝てないと最初から分かっていたのだがウルトラマンは人間を信じて最後まで抗うのであった。

 

「ベーターシステムは与えられる既製品ではなく人間が自らの知恵で考えその手で新たに作り出してほしい。それをどう使うかは人類の自由だ。最後にウルトラマンは万能の神ではない。君達と同じ命を持つ生命体だ。僕は君達人類の全てに期待する。滝、後をよろしく」。
ウルトラマンのこの言葉で滝はウルトラマンは神と言う人類とは全く違う存在ではなく自分達と同じ生命体で、自分達もいつかはウルトラマンやメフィラスのような技術を開発して手に入れる事が出来る事に気付く。

 

船縁とウルトラマンの言葉で復活した滝は世界中の学者によるゼットン攻略国際会議を開いて人間の手でゼットンを倒す為の計算式を導き出す。
盛り上がる展開なのだが実際はゴーグルを付けた滝が部屋で一人喋り続けると言う奇妙な場面となっていた。劇中でも「端から見ると滑稽」と説明されているので狙ってやった場面なのだが、ドラマの盛り上がりを考えたら『シン・ゴジラ』のように作戦に関わる色々な人達を映してほしかったなと思う。

 

滝「ベーターカプセルを二度点火すれば6次元を通じてプランクブレーンと繋がります。その時に発生する重力場ゼットンに集中させれば1ミリ秒だけ展開された余剰次元と熱球の熱量を利用してゼットンを別のプランクブレーンに飛ばす事が可能です」、
神永「分かった。変身後1ミリ秒でゼットンを殴り飛ばせばいいんだな」、
滝「簡単に言えばそういう事です」。
本当に簡単に言っていて笑った。一瞬で滝の言った事を理解して簡潔に述べたのは凄い事だけれど。

 

今の人類はまだベーターシステムを自分達で作り出すレベルに達していないが、ウルトラマンが残したヒントを元に光の星の人々でさえ思い付かなかった使い方を見付け出す事が出来た。
地球人は外星人には敵わないイメージがあるが実はゼットン攻略の方法を見付けたのは滝だし、メフィラス戦でもプランクブレーンの説明を聞いた船縁が匂いを追えばベーターシステムを発見出来る事を思い付いたし、ザラブ戦でも加賀美がザラブの裏をかいて神永の居場所を見付けて浅見に伝える等、まだ技術の面では外星人には及ばないが発想では負けていない事が何度か描かれていた。おそらくウルトラマンも時に自分を超える発想をする人類に期待してベーターシステムの秘密を滝に託したのだと思われる。

 

本作は『初代マン』のリメイクであるが人類が外星人の技術を解析したところまで話が進んだので結果的に『パワード』や『メビウス』と言った平成のウルトラ作品を思わせるところまで話が進んだところがある。

 

ゼットン攻略国際会議で見付け出された作戦ではゼットンを別のプランクブレーンに飛ばす事が出来るがウルトラマンもそれに巻き込まれて不明の平行宇宙に飛ばされる危険があった。この展開は『ダイナ』を思い出す。

 

作戦でウルトラマンが危険に陥る事を聞いた田村班長は「人類の為とは言え君を犠牲には出来ない」と止めるがウルトラマンは「問題無い。君達の未来が最優先事項だ。私の命はその為に使い切っても構わない」と答える。こうしてウルトラマンは神永と同じ行動を取る事となった。

 

本作に登場する地球の技術ではまだ難しいとは思うが、最後のゼットンに突撃するウルトラマンを人類が援護する場面が少しでも良いから欲しかったかな。

 

不明の平行宇宙に飛ばされたウルトラマンを発見したのはゾーフィであった。
「「生き延びたい」と願う君の信号が無ければ君を見付ける事は出来なかった」。
実はゾーフィは苦戦するウルトラマンの背後に現れてメフィラスを退却させたり平行宇宙に飛ばされたウルトラマンを発見したりと全ての行動がリピアーを助ける事だったりする。地球人を滅ぼそうとしたのも光の星の決定でゾーフィ自身はウルトラマンに地球を離れて光の星に帰還するよう訴え続けていた。

 

最初のコーヒーの件で光の星の人々は助け合いをしない種族だと思われたが、リピアーが気付いていなかっただけで実は光の星の人々も地球人と同じように助け合って生きていたのか、それともリピアーが神永の行動に影響を受けたようにゾーフィもリピアーの影響を受けて変わったのかは不明。もし後者だった場合、「自分より弱い者を守る為に自分の身を投げ出す」と言う最初の神永の行動をリピアーは最後に自分もしたのだが実は「本人は気付いていないが、その行動によって他の者の意識を変えていった」と言う最初の神永の行いをリピアーもしていたと考える事が出来る。

 

リピアー「死を受け入れる心は生への願望があるからだ。ありがとう。ゾーフィ」、
ゾーフィ「死への覚悟と生への渇望が同時に存在するヒトの心か。確かに人間は面白い。ゼットンを倒した君達の勇気と知恵と生命力に敬意を表する。滅ぼすには惜しい生命体だ。人類は残置し傷付いた君を送還するだけにしよう。さぁ、光の星に帰ろう。ウルトラマン」、
リピアー「ゾーフィ。私は一人の人間と共存している。彼の命を維持する為に私はこのまま地球に残る」、
ゾーフィ「ウルトラマン。自分を犠牲にする行為に至るまで君は彼の心を理解した。彼も君の事を理解している。きっと許してくれるだろう」、
リピアー「私はこの星の生命体と一体となり彼や彼らを理解しようと試みた。だが、何も分からないのが人間だと思うようになった。だからこそ、私は人間となり人間をもっと知りたいと願う。それに人類にはもう猶予が無い。ゼットンを倒した戦闘能力に危機感を持ち、あらゆる知的生命体が地球に現れ続けるだろう。だが、人類はまだ幼い。私は人間が生き延びる可能性をわずかでも高める為に地球に残る」、
ゾーフィ「ウルトラマン。それは出来ない。私は君を光の星に送還しなければならない。掟を破った責任を君は果たさなければならない」、
リピアー「ゾーフィ。それならば私の命は彼に渡して、この身体はこの星の未来の人間に任せたい」、
ゾーフィ「君は死んでもいいのか?」、
リピアー「構わない。「人間になる」とは死を受け入れる事だ。我々に比べて人間の命は非常に短い。彼には生き続けてほしい。それを願う相棒や仲間もいる。私はそれに応えたい」、
ゾーフィ「ウルトラマン。そんなに人間が好きになったのか……。分かった。君の願いを叶えよう」、
リピアー「ありがとう。ゾーフィ」、
ゾーフィ「では、神永と君の身体を分離するぞ」。
今回の作品を一言でまとめるとやはりゾーフィの「ウルトラマン。そんなに人間が好きになったのか……」に尽きると思う。本作は主人公であるウルトラマンが何を考えているのか分からないところがあったが、実はウルトラマン自身も色々な事が分からなくて最後の最後で「自分は人間が好きになった」と言う事が分かるのであった。

 

最初に地球に降り立った時に偶然目にした一人の人間の行動がリピアーと言う光の星の宇宙人を変えた。
実はリピアーが神永の生きているところを見た時間は観客が神永の生きているところを見た時間よりさらに短かった。その3分に満たないであろう短い時間で数千数万年を生きる存在が自分の今後を変える決断をしたと言うのが面白い。まさにこれを「運命の出逢い」と言うのだろうなぁ……。

 

リピアーの考えを大きく変えたのが冒頭にある神永の死だったと考えると実はこの作品の最後がリピアーの死で終わるのは最初の時点で決まっていたとなる。本作にどこか切ない雰囲気があり続けたのはその為だったのかな……。

 

ぶっちゃけると制作発表で本作のウルトラマンを初めて見た時にそこに人間らしさが全く感じられなくて「自分はこのウルトラマンを好きになれるかな……」と不安に思ったのだが映画を見終えたら完全に好きになっていた。良かった。

 

浅見の「お帰り」でブツッと切れて終わって余計な情報が提示されなかった事でラストシーンの神永が神永本人なのかリピアーなのか色々と想像出来るようになっている。

 

ここからはちょっと怖い話を。
本作には神永と言う地球人が存在しているのだが、禍特対は「神永はウルトラマンが地球滞在時に作り出した存在で、神永と言う地球人は実は存在していなかった」と考えている可能性が高い。もし禍特対がウルトラマンとは別に地球人の神永が元々いたと考えているのなら、どこかでウルトラマンに「我々の知っている神永は今どうなっている?」と尋ねるはず。そう考えるとラストシーンで目を開けたのが神永本人だった場合、それを見て笑顔の禍特対と神永の間に決定的なズレが生じている事になる。
特に浅見は神永本人と会っていないので彼女が「お帰り」と言う相手は神永本人ではなくてリピアーとなる。もしラストシーンの神永がリピアーではなくて神永本人だった場合、浅見はリピアーが二度と自分の所に帰って来ない事を知ってしまう事になる。
もしラストシーンの神永が神永本人ではなくてリピアーだった場合、リピアーにとって禍特対は「お帰り」と言ってもらえる場所になったと言う事だが、それは逆に神永本人のものだった場所をリピアーが奪ってしまったと言う事にもなる。神永本人を救いたいと願っていたリピアーが結果的に神永本人の存在を奪ってしまう。まさに外来種のヒメイワダレソウ(リッピア)がそこに元々あった生態系を駆逐してしまうかのように……。

 

シン・ゴジラ』で主人公の矢口が「何を考えているのかはっきり言葉にしている」「観客と同じタイミングでゴジラに関する情報を得ている」のに対して『シン・ウルトラマン』は主人公の神永が「何を考えているのかが伏せられている」「観客が知らない外星人に関する情報を持っている」となっているので『シン・ゴジラ』に比べて『シン・ウルトラマン』は一度見ただけでは分かり難いところがあった。二回目の視聴だと神永が何を考えてどんな情報を持っているのか分かった状態で見られるので色々と理解出来たり腑に落ちるようになるのかなと思う。(と言う事で二回以上見てね)

 

主題歌は米津玄師さんの『M八七』。
最初は「規模の大きい映画なので有名な歌手が起用されたなぁ」くらいの印象だったのだが本編を見終わった後に主題歌を聴いたらウルトラマンと言う存在とリンクする歌詞に思わず号泣してしまった。
因みにジャケットのウルトラマンは米津さん本人が描いたもの。何でも出来る人だ。


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