帰ってきたウルトラ38番目の弟

ウルトラシリーズとゴジラシリーズについて色々と書いていくブログです。

『ゴジラ×メカゴジラ』

『ゴジラ×メカゴジラ』
2002年12月14日公開
脚本 三村渉
特殊技術 菊地雄一
監督 手塚昌明

 

日本の実写ゴジラ映画第26作でミレニアムシリーズの第4作。

 

ミレニアムシリーズなので本作も前作とは違う時間軸の話となっている。

 

ミレニアムシリーズは「1954年の『ゴジラ』とだけ繋がっている作品群」と言うイメージがあるが実際には1954年の『ゴジラ』とも微妙に繋がっていない作品が多い。
例えば本作では1954年に東京を襲撃したゴジラはオキシジェン・デストロイヤーでも完全に溶けずに骨が残っていて、前作の『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』では芹沢博士がオキシジェン・デストロイヤーを使用した事が世間に公表されておらず、前々作の『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』に至っては初代ゴジラは1954年にしんでおらず21世紀まで生き延びている設定になっている。

 

本作は他のゴジラ作品とは世界観が繋がっていないが、1961年の『モスラ』や『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』と言ったゴジラシリーズ以外の東宝特撮怪獣作品とは世界観が繋がっている。
本作の劇中にガイラが登場した時はオタクとして思わず「おおっ!!」と感動の声が出たが、機龍二部作の「他のゴジラ作品とは繋がっていないがゴジラシリーズ以外の東宝特撮怪獣作品とは繋がっている」と言う設定はオタク以外の観客はちょっと混乱してしまうかもしれない。
ミレニアムシリーズ全体に感じるところだが、ちょっとマニア向けになっているところがあったと思う。

 

今回も人気怪獣の再登場が盛り込まれていて本作ではメカゴジラが再登場する事となった。
メカゴジラは昭和シリーズ、平成VSシリーズ、ミレニアムシリーズと3つのシリーズに登場しているが時代に合わせて設定が変えられていて、本作では「怪獣の身体が使われている」「制御不能に陥って暴走する」「日本国内からエネルギーを集める」などと言った数年前に社会現象を巻き起こした『新世紀エヴァンゲリオン』を思わせる要素がある。

 

本作のメカゴジラは劇中では「機龍」と呼称されている。
ゴジラに「龍」のイメージはあまり無かったが『ゴジラvsデストロイア』でもバーニングゴジラが「赤い龍」と呼ばれていた事があった。

 

「3式機龍」と言う名称は劇中では「2003年開発」から付けられたとなっているが、ゴジラシリーズ全体では「昭和シリーズと平成VSシリーズに続いて本作で3体目のメカゴジラ」と言う意味もあるのかな。

 

ミレニアムシリーズは『ゴジラ2000 ミレニアム』では新怪獣のオルガが登場したが、続く『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』では『空の大怪獣ラドン』に登場したメガヌロンの新形態メガギラスが登場し、その次の『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』ではキングギドラ達が設定を変えて登場し、いよいよ本作では『ゴジラvsメカゴジラ』と同じく人類が作ったメカゴジラが登場する事となった。
平成VSシリーズもだったが段々と新怪獣が登場しなくなってくるのは個人的には残念なところ。

 

これまでのミレニアムシリーズは作品ごとに本編監督が変わっていたが本作では『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』を担当した手塚昌明さんが再登板していて、「ゴジラと戦う女性と科学者の男性のコンビ」等と言った要素が再び取り上げられている。

 

本作では女性の柘植真智子が総理大臣に就任している等、これまでのゴジラシリーズより女性の社会進出が進んでいる。因みに現実世界で女性の総理大臣が誕生するのは本作の公開から23年後の2025年となる。

 

仲間を死なせてしまった家城は言い訳をせず「どんな処分も受ける」とだけ答える。
覚悟が出来た立派な態度に見えるが、何か問題が起きた時に大事なのは原因の究明と再発防止なので、何も答えずにただミスを犯した自分を処分してほしいとだけ言うのは上司からしたら一番困る答えだったりする。
再びゴジラと交戦する時に備えて葉山の兄達が殉職した原因の究明とその再発防止策が必要だったのだが、家城が何も弁明しなかったので原因の究明も再発防止策の作成も進まなかったと思われる。そうなるとミスを犯した家城を現場から外すしかないのだが後に富樫が家城を「精鋭だから」「3年半は長かった」で現場に復帰させてしまった。家城がミスを犯した原因の究明がされていない状態で現場に復帰させてしまった事で再び同じミスが起きる恐れが生じたので、葉山の弟が家城と冨樫に文句を言いたくなるのも分かる。

 

五十嵐が湯原達を招いてゴジラの骨を見せる場面は悪の秘密組織感満載であったがなんと機龍の開発は世間に公表されて国会で法案が制定されている。
本作には「特生自衛隊」と言う架空の組織が登場するが21世紀に入ったら20世紀の頃のような突飛な組織を出すのは難しくなってきたのか、かなり現実寄りの組織になっていた。その為、地球防衛軍やGフォースのような世界規模の組織が本作には登場せず、日本政府は独力でゴジラと戦う為に機龍の開発に着手して、近隣諸国(おそらく中国やロシアや北朝鮮や韓国)から日本が再び巨大な軍事国家になろうとしていると批判される事となる。
こういった国内や国外の情勢に触れてくれた事で本作は色々と考察しがいのある作品となった。

 

日本が機龍を開発する理由として柘植総理が「ゴジラによる被害を受けた唯一の国家」を挙げているがこの言葉は「唯一の被爆国」を連想させるものであった。
昔からゴジラは核と結び付けられていたが、本作はアメリカの核によって誕生したゴジラに対抗する為に日本が機械のゴジラを作ると言う展開で、核の恐怖に対抗する為に核を所有する事になった話と見る事が出来る。

 

湯原が娘との時間を理由に科学技術庁の要請を断った事に対して湯原の娘の沙羅と科学技術庁の菱沼が同じ「大リーグで契約で子供のベンチ入りが許可された選手」の話を持ち出したのは一見するとギャグシーンなのだが、あまりにもタイミングが良すぎるので、ひょっとしたら菱沼が事前に沙羅と打ち合わせをしていたのか、それとも湯原の部屋に盗聴器を仕掛けて湯原と沙羅の話を盗聴していたのではないかと勘ぐってしまう。
ところで本当にメジャーリーグにそのような話があるのか調べてみたら本作が公開された2002年のワールドシリーズでサンフランシスコ・ジャイアンツのダスティ・ベイカー監督の3歳の子供がバットボーイの仕事でベンチ入りしていたのだが試合中に選手と交錯しそうになったので翌年の2003年からは14歳以下の子供がバットボーイとしてベンチ入りする事が禁止されたとの事。

 

「ゴジラなんかよりどうせならママを生き返らせてくれたら良いのにね」と沙羅が呟いた事で本作での人間の行いは単に機械のゴジラを作るのではなく死者の蘇生である事が分かる。
本作を沙羅の視点で見ると本人は母親の死をまだ受け入れておらず眠り草に話しかけているのだが、父親は死んだ母親を生き返らせられないのに死んだゴジラを機械として生き返らせたあげく自分の目の前で若い女性をナンパしていて、その若い女性である家城は自分と同じ境遇と思いきや眠り草に話しかける事を暗に否定してくるとなっていて、自分は母親の死を受け入れられていないのに周りの大人達は死んだ母親を過去のものにしているとなる。
「一番悪いのは人間よ」と言う沙羅の言葉は怪獣作品ではよく耳にする言葉だが、今回は人間が水爆でゴジラを誕生させて、さらにそのゴジラの骨を使って機龍を作り上げて同種のゴジラと戦わせるとなっているので、さすがにこれでゴジラを悪とするのは無理があって、沙羅がこう考えてしまうのも理解出来る。
機龍が無ければ罪の無い人々がゴジラの犠牲になる恐れがあるのだが、母親を亡くした事が心の傷になっている沙羅に「死んだ親を機械にして子供と戦わせる」と言うシチュエーションを納得させるのは難しいだろう。
本作では沙羅と機龍とゴジラの話はメインではなかったが、沙羅を主役にして機龍とゴジラの関係にフォーカスを当てた話も見てみたかった。

 

沙羅の身の上を聞いた後の家城の対応が駄目すぎてさすがに頭を抱えた……。
いや、お前、「沙羅の弟の命を諦めないと沙羅の母親の命が危険な状態になって、沙羅の母親が子供の命を諦める事を拒否した結果、母子共に死んでしまった」の話を聞いて「求められない命。生まれてきた事さえ疎まれて本当は生きてちゃいけない命だった」と言う言葉を出してどうやって沙羅と心を通わせるつもりだったんだ……。
自分のミスで仲間を殉職させた時に何も語らなかったり葉山の弟や沙羅とのやりとりを見ていて分かるように実は家城は相手の事を考えられない人物だったりする。なので、「責任を問うているのではなくて原因を聞いている」と自衛隊幹部が言っているのに何も語らずに「どんな処分でもお受けます」と答えてしまうし、沙羅に寄り添おうとした時も実は自分のこれまでの人生を喋っているだけだったりする。この調子だと葉山に対しても兄の死についてちゃんと話が出来ていたのかかなり疑わしい。家城は「自分は疎まれてきた」と言っていたが実は家城の態度に問題があったのではないかと思われる。
さて、本作が興味深いのは実はここからで、家城は「自分は疎まれてきた」と言っているが実は劇中ではあまり疎まれている場面が無かったりする。家城にミスの原因を尋ねた自衛隊の幹部は転属された資料課に出向いて家城の様子を確認しているし、富樫は家城の才能と努力を見込んで特生自衛隊に招いているし、湯原はすぐに気に入って声をかけてきたし、家城と喧嘩した沙羅も家城の事を「そんなに嫌いじゃない」と呟いている。最初の頃の家城は特生自衛隊で浮いていたらしいが、おそらくそれは周りが葉山の事を気にしていたからで、それについても葉山の態度が頑な過ぎると「お前の敵は家城なのかゴジラなのか? 今は仲間割れしている場合じゃない」と窘めている。劇中で家城と明確に敵対した人物は葉山くらいだが、彼に関しては事情を考えたら家城に強く当たるのも理解出来る。
家城は「自分は疎まれている」として周りに対して壁を作って攻撃的になっていたが実は周りは家城が思っているほど家城を疎んではいなかった。「自分は求められていない存在ではなかった」と言う事を家城は機龍の中で気を失った時に遂に気付く。ここから家城の考えが明確に変わっていき、エンディングでは今まで見られなかった家城の笑顔が見られるようになる。

 

ゴジラが熱線を吐く直前に背ビレが光る時の音がこれまでとは違っていてちょっと違和感を覚えたのだが何度か聞くとこれはこれでアリと言う感じになった。

 

短いカットではあったが住民が避難する場面でビルの向こうからゴジラの熱線だけ見えるのが今までに無い絵で新鮮だった。

 

月をバックにした機龍の空中での切り離しシーンが文句無しに格好良かった!
その後の着陸シーンやゴジラとの戦いで弾き飛ばされる場面等、全体的にアニメのような動きで怪獣らしい重さをあまり感じなかったのだが、その結果、時代に合わせたスピード感を出せて「新時代のゴジラ」を示す事が出来た感じがする。
本作は全体的にアニメ的な要素を実写に上手く落とし込んでいたと思う。

 

機龍の切り札である「アブソリュート・ゼロ」は絶対零度の光弾となっている。
平成VSシリーズでは自衛隊が開発したスーパーXシリーズとGフォースが開発したメカゴジラやモゲラのシリーズがあるが、機龍は「メカゴジラがスーパーX3のような冷凍兵器を備える」となっていて、平成VSシリーズの二大兵器の流れを一つに合わせたような存在となっている。

 

今回の機龍は「人類がゴジラに対抗する為に作った」は平成VSシリーズと同じだが、「操縦は遠隔操作になっている」は昭和シリーズと同じになっている。
操縦者がロボットに直接乗り込まないとロボットと操縦者のダメージが連動しないので戦いを盛り上げるのが難しいのではないかと思ったが、劇中では主人公が機龍に登場する機会を一度だけにする事で主人公が機龍に乗り込む事そのものをクライマックスの盛り上げに使った。

 

輪転機の場面を久し振りに見た気がする。

 

本作は最初から『とっとこハム太郎』との同時上映が決まっていたので前作より20分近く上映時間が短くなっている。その影響か家城と沙羅と葉山以外の人物のドラマは薄めにされていて殆ど全員が善人でゴジラ打倒に向けて場を乱さずに動いていた。その為、一人一人を掘り下げる場面が少なかったが、その辺りは個性的な役者をキャスティングする事で上手くカバーされていたと思う。

 

「ゴジラ」の愛称で親しまれていた松井秀喜さんがゲスト出演している。
劇中では読売ジャイアンツのユニフォームを着ているが本作が公開された数日後にFAでニューヨーク・ヤンキースと契約している。
因みに松井選手の背番号は「55」であるが、ミレニアムシリーズに登場するゴジラの身長の多くが「55m」になっている。

 

前作の『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』と違って本作では最初から『とっとこハム太郎』との同時上映が決まっていて、劇中でも小学生の女の子がハムスターを可愛がっている場面がある。

 


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